ホーム >> 寄稿 >> 函館裁判所の古文書等について

寄稿

函館裁判所の古文書等について

札幌弁護士会会員  牧口 準市
(道弁連会報 2012年5月号)

はじめに

私は、平成21年7月北海道弁護士会連合会定期大会が函館市で開催され、席上弁護士40年の表彰を受けその挨拶をすることとなった。そこで、北海道の司法がはじまった函館から北海道の司法を回顧しようとしたのである。北海道の弁護士会にも、「札幌弁護士会百年史」、「道弁連五十年の歩み」があり、また北海道史、札幌市史、函館市史等も読んだ。しかし、明治時代前期における蝦夷地・北海道の司法のことは、余り書かれていない。そこで話題を変えた。
開拓使時代については、歴史・社会・経済等多くの分野で研究がなされている。しかし、司法(裁判・検察・弁護)の分野は、法律関係者が研究した形跡はない。そこで、学者としてではなくこれまで長年培った弁護士の経験を生かし、老人の頭の訓練を兼ね弁護士の訴状、準備書面のように開拓使時代の司法について書こうと思ったのである。
「開拓使時代の司法」を主題とし、「明治時代前期の司法」、「江戸時代の司法」を付論とした。「開拓使時代の司法」ではその体系化を試み、「明治時代前期の司法」では法令全書を追い、「江戸時代の司法」では公事方御定書を中心に書いた。平成21年8月から書きはじめ同23年12月に終わった。A5版、550頁、7月発刊の予定である。儲けて、東北震災遺児の教育基金に寄付しようとしたが、そんなに売れるものではない。
調査は、広範囲に及んだ。主な調査・利用機関は、国立国会図書館、国立公文書館、国際日本文化センター、北海道立文書館、北海道立図書館、札幌市立中央図書館、函館市立中央図書館および函館地方裁判所である。
この調査過程において、函館地方裁判所に開拓使時代の貴重な裁判に関する古文書等が保存されていることがわかった。まえおきが長くなったが本稿は、この古文書等について書こうとするものである。

函館裁判所の設置

蝦夷地・北海道の司法は、明治維新により箱館奉行所―箱館裁判所(行政庁)―箱館府―開拓使に引継ぎされた。開拓使は、蝦夷地・北海道の地方行政、司法、開拓を進め、明治5年9月には札幌本庁、函館・根室・浦河・宗谷支庁を置いた。明治5年8月、司法職務定制(太政官布告無号)が公布され司法裁判所としての府県裁判所が設置された。しかし、財政上の理由、司法官の人材不足等で直ちに全国に設置されたわけではない。函館は、すでに外国に開港されており、外国人との関係で聴訟(民事)事件も多かったこともあり、明治7年1月函館裁判所が設置された(太政官達無号)。函館裁判所の管轄は、函館支庁の所管地である。
ここで北海道の司法は、札幌本庁、根室・浦河・宗谷支庁所管地は行政庁である開拓使、函館支庁所管地は司法裁判所である函館裁判所の管轄となり、裁判機関が二元化した。

事件等の引継

写真1

明治7年5月24日、函館裁判所初代所長に任命された権少判事井上好武と開拓使中判官杉浦誠との間で引継がなされた。開拓使から函館裁判所に対し、係属中の断獄(刑事)17件、聴訟(民事)57件(内、外事関係17件)が開拓使設置以来の事件関係記録等とともに引継された。引継文書等は、函館裁判所―函館地方裁判所―函館始審裁判所を経て現在函館地方裁判所に保存されている。古文書・図書類等は、371点で「古文書等目録」として纏められている。概要は、以下のとおりである。

 
番号 文書の表示等 文書等の概要
1 聴訟条例
(刑法課)
明治2年―7年
太政官、開拓使指令、規則
2 断獄条例
(刑法課)
明治2年―7年
太政官、開拓使指令、規則
3―16 白州目録
(館藩)(刑法課)(江差)
明治2年―7年
断獄申渡書
17―27 断獄奉帳綴
(聴訟課)(刑事掛)(江差)
明治3年―7年
断獄奉帳、聴訟表等文書
29、30 訴状留
(刑法課)
明治3年―7年
訴状綴
31―36 訴訟ニ関スル一件書類
(刑法課)(館藩)(青森県)
明治4年―7年
断獄・聴訟に関する文書
37―41 断獄裁断ニ関スル書類
(検事局)(擬律課)
明治6年―10年
断獄・断刑に関する文書
42 断刑録
(断獄課)
明治7年
断刑に関する文書
43 断刑伺録
(断刑課)
明治7年―11年
断刑に関する文書
44 懲役終身批下
(刑事課)
明治8年―11年
終身刑申渡に関する文書
45―48 断獄一件綴
(落着課)
明治7年―9年
断獄に関する文書
50―84 口書留
(刑法課)(青森県)(江差)
明治2年―7年
犯罪自供書
86―101 請証文留
(刑法課)(館藩)(江差)
明治2年―8年
証拠書類
106―111 刑事判決民引継目録簿 開拓使―裁判所引継書
110民訴訟未決分引継目録、111開拓ヨリ引継目録等
195―203 治罪法備考 司法省七等出仕井上毅纂明治7、11年刊
204、205 清律彙纂 明法寮蔵板明治7年5月刊
208―213 新律附例解 高橋秀好外編明治8年3月刊
214―269 徳川禁令考 司法省版明治11年乃至明治28年刊
函館裁判所、福山・寿都治安裁判所保存
270―272 大明律 全3冊
286 東京裁判所民課事務節目 訴状受理―答弁書受理―初席―裁判宣告次第―一件落着等が63条に亘り規定
287―331 大清律例刑案新纂集成 第1巻乃至第39巻
函館裁判所、福山区裁判所保存

番号1乃至111の古文書は、北海道立文書館、函館市立中央図書館にフイルム化されて閲覧に供されている。フイルムは、モノクロであり原本の朱字が写っていない。
番号112乃至371は、古文書・図書類等であるがなかには「徳川禁令考」、「東京裁判所民課事務節目」等貴重な図書・資料がある。このような図書・資料が明治時代前期、遠い北海道になぜ置かれていたか、誠に興味深い。

古文書等の保存

保管裁判所 判決時期
札幌高等裁判所 明治15年以降
札幌地方裁判所 明治21年以降
札幌地方裁判所小樽支部 明治15年以降
函館地方裁判所 明治8年以降
函館地方裁判所江差支部 明治12年以降
函館地方裁判所寿都支部 明治20年以降
旭川地方裁判所留萌支部 明治17年以降
釧路地方裁判所 明治15年以降
釧路地方裁判所根室支部 明治16年以降

近時、古文書の保存・閲覧について社会の関心が強い。私も、今回多くの古文書を調査するなかで保存・閲覧の状況を知った。概況は、次のとおりである。

国立国会図書館

法令の調査は、パソコンの[日本法令索引]と[日本法令索引/明治前期]を利用した。[日本法令索引/明治前期]は、慶応3年10月から明治19年2月までに制定された法令が検索できる。キーワード検索もできる。「開拓使」―「明治5年1月〜明治5年3月」を入力・検索すると開拓使の法令26件が表示される。[日本法令索引]は、明治19年2月から現在まで制定された法令の改廃経過等の情報と、帝国議会、国会に提出された法案の審議経過等の情報検索ができる。
文献・資料では、[近代デジタルライブラリー]、[リサーチ・ナビ]がある。[近代デジタルライブラリー]は、明治・大正・昭和前期刊行図書を収録した画像データベース、[リサーチ・ナビ]は、日本法令資料、議会・官庁資料、太政官日誌等が検索できる。

国立公文書館

歴史資料として重要な公文書等を保存し、閲覧に供されている。[デジタルアーカイブ]の「大政類典」は、慶応3年から明治14年までの太政官日記、公文録、典例條規等が収録されている。
例えば、開拓使の古文書を探す場合は、「構成表第2」―「第3類」をクリックし、「第1編(慶応3年〜明治4年7月)」と「地方」、「特別ノ地方開拓使」の交差欄「76」―「検索結果一覧」―「件名一覧」をクリックすると「蝦夷地開拓策問」、「鍋島開拓督務ヲ開拓使長官トス」等57件が表示される。

国際日本文化研究センター民事判決原本データベース

平成4年1月最高裁判所は、永久保存されてきた民事判決原本を保存期間50年に変更し順次廃棄する旨決定した。しかし、「判決原本の会」(代表・林屋礼二、石井紫郎、青山善充教授)等の努力もあり、平成11年6月国立公文書館を設置して保存し、閲覧に供されることとなった。その後、国際日本文化研究センターにおいて「民事判決原本データベース」としてデータベース化した(林屋礼二外編・「明治前期の法と裁判」・信山社)。データは、明治初年から明治23年までの民事判決原本、全文画像54万9,101件である。北海道関係データは、調査表のとおりである。国際日本文化研究センターに対し利用申請書を提出し、承認された場合は「利用者登録番号」、「パスワード」が付与される。驚くほど鮮明な画像の判決原本を閲覧できる。

北海道立文書館

北海道立文書館は、昭和60年4月設置され、幕府文書、開拓使文書、北海道庁等多くの古文書を所蔵している。開拓使関係古文書の宝庫である。古文書の目録には、「北海道立文書館所蔵資料目録」、「北海道立文書館所蔵公文書件名目録」、「北海道立文書館史料集」がある。
平成16年6月、箱館奉行所文書の原本資料167点が国の重要文化財に指定された。

北海道立図書館・札幌市立中央図書館・函館市立中央図書館

図書館は、ホームページを開き必要図書を検索・閲覧できる。閲覧方法も郵送・近隣図書館回送制度等があり非常に便利になった。古文書も保存されているが詳しくは調査していない。

おわりに

函館地方裁判所古文書等371点中番号1乃至111の古文書は、貴重な歴史史料である。将来にわたり保存し、広く国民に対し閲覧に供すべきものである。
そこで、第1は、古文書の保存である。函館地方裁判所における保存状態は、130余年を経た現在も極めて良好である。しかし、これからの100年を考えた場合、近代的保存施設で保存しなければ現状を保持することは困難である。第2は、国際日本文化研究センター「民事判決原本データベース」の判決原本は、電子開発が進んだこともあり極めて鮮明である。又国立国会図書館、国立公文書館における図書・古文書等の検索・閲覧は、広範かつ容易にできる状況にある。本古文書も、このようにすべきではないか。第3は、閲覧場所である。国民はまだ図書館・文書館を利用するように裁判所を利用することには抵抗感があり、裁判所を閲覧場所とすることは適当でない。そこで、本古文書を国立公文書館等専門機関に移管することを提言するものである。
終りに函館地方裁判所が、これまで1世紀余の長きにわたり本古文書等を保存された見識、努力に対し深く敬意を表する。

(平成24年4月25日記)

このページのトップへ