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道弁連大会

議案第4号(決議)

秘密保全法制定に反対する決議

  1. 政府は、「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」が2011年8月8日に発表した「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(以下「報告書」という。)に基づきこれに沿った秘密保全法案を、国会に提出する方針を固めている。
    しかし、報告書が提言する内容は、以下に述べるように多くの憲法上の諸権利・原理に対する重大な侵害を含むものであって容認できない。
  2. 報告書は、対象となる「特別秘密」として、国の安全や外交のみならず公共の安全及び秩序の維持まで対象範囲をひろげており、これはかつて多くの国民の反対により廃案となった国家秘密法案以上に広範囲のものとなっている。そして「特別秘密」の概念はあいまいであり、行政機関の恣意的指定を許すものとなっている。
    我が国においては、これまでも沖縄密約など政府に都合の悪い情報は国民から隠されてきた歴史がある。
    報告書が提言するような広範かつ恣意的な「秘密」指定を許せば、よりいっそう時の権力にとって不都合な情報が処罰の威迫をもって国民から容易に秘匿されてしまいかねないのであって、国民主権原理に反する。
  3. 報告書は、「特定取得行為」と称する秘密探知行為を処罰対象とするが、いかなる行為が対象となるのかを画するにあたって「社会通念上是認できない行為」というあいまいな概念を用いており、さらに、独立教唆、扇動行為、共謀行為を処罰しようとしている。これにより、ジャーナリストの取材活動などに対する萎縮効果は極めて大きくなり、取材・報道の自由、ひいては民主主義の基盤である知る権利を侵害する。
  4. 加えて、報告書は、秘密管理を徹底するためとして、特別秘密を取り扱う者及びその配偶者等を対象として「適正評価制度」を導入するとしている。その内容は、「我が国の利益を害する活動」への関与という思想調査につながりかねないものや、信用状態や精神の問題に係る通院歴などの一般に他人に知られたくない情報に関する調査を含んでいる。
    このような調査は、対象者及び関係者のプライバシーを侵害するものであることは明らかであり、ひいては、思想信条の自由をも侵害するおそれがある。
  5. かかる憲法上重大な疑念のある法律を制定する立法事実として、報告書は過去の「秘密漏えい事件」を指摘している。しかし、これらの事件はいずれも現行法によって対応がなされており、新たに憲法上の諸権利・原理を侵害するような立法を必要とする事情とは到底言えない。むしろ、これらの事件では情報漏えいの原因は物的管理の不適切さに起因しており、新たな立法によらずとも情報の適切な物的管理によって漏えい防止を図ることが可能であった。
  6. しかも、このような大きな問題を含む秘密保全法制は、広く国民的議論がなされるべきであるのに、報告書のとりまとめ過程は議事録等の記録が残されておらず、報告書は国民を隔離した密室の中から突如提起されたものである。今、わが国において必要なのは、かようなことを許さない情報公開の一層の推進と情報公開法の早期制定である。
  7. 以上の理由から、当連合会はかかる秘密保全法の制定に強く反対するものである。

以上、決議する。

2012年(平成24年)7月20日
北海道弁護士会連合会

提案理由

  1. これまでの経過
    2010年12月、政府は、内閣官房長官を委員長、防衛省、外務省、警察庁、公安調査庁の官僚等を委員とする、政府における情報保全に関する検討委員会(以下「検討委員会」という。)を設置した。
    検討委員会は、有識者会議を開催することができるとされており、これを受けて、同月から、情報保全システムに関する有識者会議(以下「システム有識者会議」という。)での、2011年1月から、研究者等からなる秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議(以下「有識者会議」という。)での検討がそれぞれ開始された。
    システム有識者会議は、同年7月1日に「特に機密性の高い情報を取り扱う政府機関の情報保全システムに関し必要と考えられる措置について」(以下「システム報告書」という。)を、有識者会議は、同年8月8日に「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(以下「報告書」という。)を、それぞれ公表した。システム報告書は情報システムに関する内容である。報告書は、刑罰、適性評価制度等により特別秘密を保全することを内容とする秘密保全法制(以下「秘密保全法制」という。)の速やかな法制化を求めるものである。
    同年10月7日、検討委員会は、報告書の内容に沿って先の通常国会への提出に向けた法案化作業を進めることを決定した。
    その後、政府は、消費税増税関連法案の審議を優先することとし、通常国会への提出を見送ったが、なお、法制化の方針自体には変更はない。
  2. 「特別秘密」の範囲が広範であること
    報告書では、秘密保全法制の対象となる「特別秘密」について、①国の安全、②外交、③公共の安全及び秩序の維持の3分野を対象とするという。
    これは、③が新たな項目として加わっている点を見るだけでも、1985年の通常国会に提出され、国民世論の反対のため廃案とされた「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(以下「国家秘密法案」という。)と比較して、秘密の範囲が拡大されている。しかも、国家秘密法案では、外交情報も防衛上秘匿することを要するものだけが適用対象であったが、報告書では外交情報全般に拡大されている。
    すなわち、かつて日本弁護士連合会を含む広範な国民世論が廃案に追い込んだ国家秘密法案よりも、国民に知らせない情報の範囲を拡大し、国民の知る権利を一層制限するものとなっている。
  3. 「特別秘密」の指定が行政の恣意を許すものであること
    報告書は、「自衛隊法の防衛秘密の仕組みと同様に、特別秘密に該当し得る事項を別表等であらかじめ具体的に列挙した上で、高度の秘匿の必要性が認められる情報に限定する趣旨が法律上読み取れるように規定しておくことが適当」とし、あたかも十分な歯止めがあるかのように述べている。
    しかし、自衛隊法別表第四は極めて抽象的な規定の仕方になっており、これをまねるのであれば限定機能はない。
    「高度の秘匿の必要性が認められる」との限定要件についても、抽象的で、行政機関が自ら認定するのであるから、有効に機能することは期待できない。行政機関の違法行為や、説明責任に反して主権者に隠蔽している行為等について、恣意的な判断に基づく情報隠しが可能になってしまう。
    例えば、沖縄返還についての密約を裏付ける文書を外部に漏らしたとして、文書を授受した記者らが国家公務員法違反により有罪判決を受けたが、政府は一貫して密約の存在を否定し続けた。2002年に密約を裏付ける公文書が発見されても、政府は今なお密約の存在を認めていない。福島原発事故では緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク情報の公開が遅れ原発周辺住民に被曝を生じさせてしまった。警察の報償費不正流用疑惑では、警察は「捜査協力者保護」を建前として説明を拒んできた。
    このように、これまでも政府は、外交・防衛をはじめとする国家の重要事項に関する情報を国民に隠してきた。広範かつ恣意的な秘密指定を許す秘密保全法制は、政府に処罰による威嚇という更なる隠蔽の後ろ盾を与えるものであり、国民主権原理に反するものである。
  4. 処罰対象があいまいで萎縮効果が大きいこと
    秘密保全法制においては、前述のとおり「特別秘密」の要件が過度に広範で不明確である。よって、国民はそもそも如何なる情報が「特別秘密」として漏えい禁止の対象であるかが認識できず、何が処罰されるかについても予測できない。
    しかも、本法制では、故意の漏えい行為のみならず、過失による漏えい行為、漏えい行為の未遂や共謀、独立教唆及び煽動、特定取得行為も処罰するとのことである。ただでさえ過度に広範で不明確な処罰範囲の外延を更に不明瞭にするものである。総じて、罪刑法定主義に反するおそれがある。
    報告書は、①財物の窃取、不正アクセス又は特別秘密の管理場所への侵入等、管理を害する行為を手段として特別秘密を直接取得する場合、②欺罔により適法な伝達と誤信させ、あるいは暴行・脅迫によりその反抗を抑圧して、取扱業務者等から特別秘密を取得する場合に特定取得罪が成立するとしている。
    しかし、同時に報告書は、「特定取得行為は、犯罪行為や犯罪に至らないまでも社会通念上是認できない行為を手段とするもの」ともしている。そうすると、実際の条文では、「その他社会通念上是認できない行為を手段として特別秘密を取得する行為」が特定取得罪の構成要件に取り込まれる可能性がある。
    その場合、どのような行為が「特定取得罪」に該当するか、判断が著しく困難になる。裁判例(横浜地判1957年2月11日、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法第6条(合衆国軍隊の機密を侵す罪)違反事件)では、横須賀市内のクリーニング業者が商売上の必要から、知人の米兵から「艦船の入出予定」等の情報を入手した件につき、酒食の提供とクリーニングの無償奉仕等を「特殊の友情関係を利用するという不当な方法」に該当するとして、懲役8か月の刑に処した例がある。こうした「不当な方法」と「社会通念上是認できない行為」とが同じ類型とされるとすれば、通常の交際関係も問題とされ、報道関係者の取材活動等は大きな危険にさらされかねない。取材・報道の自由、ひいては民主主義の基盤である知る権利を侵害するものである。
  5. 適性評価制度がプライバシー権、思想信条の自由等の侵害のおそれを有すること
    報告書は、「特別秘密」を、特別秘密を取り扱うにつき適性を有する者に限って取り扱わせることが必要であるとしている。そのための手段として、報告書は法制度として適性評価制度を導入することを提案している。
    適性評価制度は、秘密情報を取り扱わせようとする者(以下「対象者」という。)について、日頃の行いや取り巻く環境を調査し、対象者自身が秘密を漏えいするリスクや、対象者が外部からの漏えいの働きかけに応ずるリスクの程度を評価することにより、秘密情報を取り扱う適性を有するかを判断する制度である。対象者は、特別秘密を作成・取得する業務、あるいはその作成・取得の趣旨に従い特別秘密の伝達を受ける業務に従事する者等であり、行政機関職員のみならず、独立行政法人、地方公共団体、民間事業者・大学に勤務する者も含まれる。
    しかし、適性評価制度は、以下に述べるとおり、実効性に疑問がある上、プライバシー権や思想・信条の自由等の侵害、差別的取扱いの危険性、適正手続との関係で問題がある。
    報告書に記載された「情報漏えい」事案を見ても、報告書が適性評価制度において収集すべきとする個人情報の収集では「情報漏えい」をするおそれのある者を判別出来る事案はないのであって、適性評価制度にはそもそも実効性に疑問がある。
    本法制では、対象者の適性を評価するための調査事項として、①人定事項(氏名、生年月日、住所歴、国籍(帰化情報を含む。)、本籍、親族等)、②学歴・職歴、③我が国の利益を害する活動(暴力的な政府転覆活動、外国情報機関による情報収集活動、テロリズム等)への関与、④外国への渡航歴、⑤犯罪歴、⑥懲戒処分歴、⑦信用状態、⑧薬物・アルコールの影響、⑨精神の問題に係る通院歴、⑩秘密情報の取扱いに係る非違歴が予定されている。調査事項は広範に及んでおり、信用状態や精神の問題に係る通院歴等のセンシティブ情報も含まれている。
    調査事項のうち「我が国の利益を害する活動への関与」は、抽象的であり、行政機関の恣意的判断により、個人の政治活動や組合活動、更に思想・信条にまで踏み込んだ調査がなされる危険性がある。例えば、情報公開請求、内部告発等により警察や外務省等の裏金を追及する活動も、当該行政機関にとっては、いたずらに不安をかき立てる行為として「我が国の利益を害する活動」であると評価されるおそれがある。
    本法制は、適性評価のための調査がプライバシーに深く関わる調査となることから、対象者の同意を得た上で調査を行うこととしている。しかし、適性評価のための調査では、同意しなければマイナス評価を受けることが明らかであるから、同意は事実上強制されており、自由な選択とはいえない。したがって、調査対象者の同意は、調査の正当化事由たり得ない。
    さらに、本法制は、配偶者のように対象者の身近にあって対象者の行動に影響を与え得る者も調査の対象になるとしている。「対象者の行動に影響を与え得る者」という基準で考えると、調査対象者は無限に広がるおそれがある。しかも、本法制は、特別秘密取扱者の候補となっている対象者本人のみからの同意しか想定していないため、それ以外の者については同意なくして収集されることになる。これは、プライバシー権や思想・信条の自由の侵害である。
  6. 秘密保全法制の立法の必要性がないこと
    このように、秘密保全法制は知る権利等の人権を侵害する可能性が高いので、これが許容されるためには立法事実の存在が慎重に検討されなければならない。
    報告書が掲げる事案では情報の物的な管理の不適切さが情報漏えいの原因となっている。その意味では、情報の物的な管理の適切さこそが重要である。よって、刑罰強化、適性評価をすべき立法事実はない。また、報告書において立法事実とされている各事案(「ボガチョンコフ事件」、「内閣情報調査室職員による情報漏えい事件」等)では発覚直後に原因の解明・分析が行われ、再発防止のための具体的な対策が立てられている。
    また、同じく報告書において立法事実とされている「尖閣沖漁船衝突事件に係る情報漏えい事案」については、当事者の中国漁船の船長が既に釈放され帰国しており、日本国内に立ち入らない限り我が国の刑事裁判を受ける可能性がないことから、本件ビデオ映像が刑事訴追のための証拠として使用される可能性もなくなっている。したがって、本件ビデオ映像は、形式的にも秘密扱いされておらず、多くの職員がアクセス可能であった上に報道によって概要が明らかにされた時点で、既に実質的に秘密として保護するに値すると解することが困難となっていた。実際、元海上保安官は、国家公務員法違反により起訴すらされていないが、これは実質的に秘密とするに値しないものであったことが重要な判断要素になっているからであろう。このように、実質的に秘密とするに値せず、そもそも海上保安庁内における適切な情報管理により防止し得た情報の「漏えい」をもって、秘密保全法制を立法する必要性の裏付けとすることはできない。したがって、現行法と別に新たに秘密保全法制をつくる必要はない。
    よって、秘密保全法制の立法事実は存在しない。
  7. 国民の目を排除した検討過程と情報公開の必要性
    秘密保全法制は、人権や国民主権原理との対立は避けられないことから、慎重かつ開かれた議論がなされるべき問題であるのに、検討委員会、有識者会議とも議事録が作成されず、録音もされていなかった。これは意図的な情報隠しであり、説明責任の否定である。
    報告書の内容は、政府側から提出された事務局案をほぼそのまま受け入れており、検討委員会は、開催時間が1回につき10分から30分間程度というごく短時間のものであり、各論点について深く議論されたとは到底いえない。
    このような議論経過は、それ自体が国民主権原理を蔑ろにするものである。このようなことを許さない情報公開法制の制定こそが必要である。
    我が国では、1982年以降、全国の市町村、都道府県に情報公開条例の制定が広がった。これに対し、国レベルでは各省庁の反対が強く、情報公開法の制定は1999年にようやく実現したものの、当初からその不十分さが指摘されていた。情報公開法は2001年4月から施行されたが、全体的に極めて消極的な運用で、不服申立てや情報公開訴訟が相次ぎ、申立人・原告の請求が認められる答申、判決が続出した。このような状況を打開すべく、日本弁護士連合会は情報公開法の改正を提案し続け、2011年4月、日弁連の意見を部分的に採用した情報公開法改正案が閣議決定され、国会に提出されたが、未だに審議されていない。
    情報公開を推進することこそが、日本国内の民主主義と、世界の紛争解決等に貢献するのである。現在なされるべきは、現行法下における積極的な情報公開と、情報公開法の早期改正である。
  8. 以上の理由から、本決議案を提案する次第である。

以上

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