提案理由

1.犯罪被害者等基本法の成立

(1) 犯罪被害者等(犯罪等により害を被った者及びその家族又は遺族)は、犯罪等に巻き込まれ基本的人権を侵害された最たる存在であるにもかかわらず、その権利が尊重されてきたとは言い難い。かつては世間から不幸にも被害に遭った人として興味本位で捉えられ、また刑事裁判の場では事件の当事者としての尊厳に配慮した扱いを受けられないなど、経済的にも、精神的にも、また社会的にも多大な損害を被り、長らく社会において孤立することを余儀なくされてきた。

そのような状況の中、犯罪被害者等が平成12年に団体を立ち上げ、犯罪被害者等の声として、誰もが予期しない犯罪等に遭う可能性があること、犯罪被害者等は重大かつ深刻な人権侵害を受けること、刑事裁判で被害者は単なる「証拠」と扱われて尊厳への配慮がないことといった実情を訴えたことなどから、被害の深刻さや司法の不備等について国民の理解が深まり、その結果、平成16年に犯罪被害者等基本法(以下「基本法」という。)が成立するに至った。

(2) 基本法は、基本理念として、「すべて犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利」があること(基本法第3条第1項)、「犯罪被害者等のための施策は、被害の状況及び原因、犯罪被害者等が置かれている状況その他の事情に応じて適切に講ぜられる」こと(基本法第3条第2項)、そして「犯罪被害者等のための施策は、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるよう、講ぜられる」こと(基本法第3条第3項)を宣言している。このような基本理念にのっとり、国は、犯罪被害者等のための施策を総合的に策定し、実施する責務を有し(基本法第4条)、地方公共団体である都道府県及び市町村も、犯罪被害者等の支援等に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地域の状況に応じた施策を策定し、実施する責務を有することが定められている(基本法第5条)。

2.地方公共団体における条例制定の必要性

国は、基本法を受け、今日まで、さまざまな犯罪被害者等のための施策を策定し、実施している。具体的な施策としては、刑事訴訟法を改正して被害者参加制度を設けたこと、少年法を改正して被害者等による少年審判の傍聴や記録の閲覧及び謄写が認められるようになったこと、さらには犯罪被害者等に支給される犯罪被害者等給付金を増額したことなどが挙げられる。

これに対して、地方公共団体は、常日頃から住居、医療、育児、介護分野を含む各種行政サービスを直接住民に提供していることから、犯罪等の被害に遭った住民にとって身近で頼ることのできる組織として、犯罪被害者等に寄り添った具体的支援を行うことを期待されている。

具体的には、偏見の防止、安全の保障及び住居の確保などといった二次被害及び再被害防止にかかわる支援をはじめ、家事、育児及び介護などの家庭生活にかかわる支援、支援金支給や転居費用の補償などの経済的支援など、その内容は多岐にわたり、きめ細かな対応が必要となる。加えて、事件直後からの切れ目のない対応が極めて重要である。

基本法が、犯罪被害者等の権利を基本理念として掲げているとおり、犯罪被害者等の支援は、犯罪被害者等の権利の問題である。条例が制定されることで、地方公共団体の責務や支援の内容が明確になり、支援施策の計画性、安定性及び継続性が担保されることになる。そのため、犯罪被害者等の権利を守るには、執行機関内の取り決めにすぎない要綱や計画ではなく、法的根拠が明らかとなる条例で定める必要がある。また、犯罪被害者等が安心して生活できるためには、地域住民の理解と協力が必要である。基本法第6条も、犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮するとともに、国及び地方公共団体の施策に協力することを国民の責務として定めている。民主主義の観点からも、地域住民自身が、自らに関わることとして、その代表者の議論・議決を通じて条例を制定する必要がある。それによって、支援にあたる行政職員や地域住民自身の意識向上といった好循環につながることも期待できる。

なお、令和3年3月に閣議決定された第4次犯罪被害者等基本計画(以下「基本計画」という。)においても、地方公共団体が総合的かつ計画的な犯罪被害者等支援を行うため、警察が地方公共団体に対して犯罪被害者等支援を目的とした条例等の制定又は計画・指針の策定状況について適切に情報提供を行うとともに、地方公共団体における条例の制定等に向けた検討、条例の施行状況の検証及び評価等に資する協力を行うことが盛り込まれている。さらに、北海道犯罪被害者等支援条例においても、第3条第4項において「犯罪被害者等支援は、国、道、市町村、民間支援団体その他犯罪被害者等支援に関係するものが相互に連携し、及び協力することにより推進されなければならない」と市町村レベルの具体的な支援が必要であることが明記されている。以上のとおり国の基本計画及び北海道の条例のいずれからも、基本法の理念として市町村レベルでの犯罪被害者等の支援に特化した条例の制定が要請されている。

3.北海道内における条例の制定状況

(1) 北海道は、平成30年4月施行の北海道犯罪被害者等支援条例に基づいて北海道犯罪被害者等支援基本計画を策定した。これに基づき、警察による性犯罪被害者の初診料や一時保護施設の借り上げ経費を公費負担とする支援、北海道家庭生活総合カウンセリングセンターへの相談・カウンセリングの業務委託などの支援を行っているものの、犯罪被害者等に対する支援施策としては、なお制限的なものとなっている。

(2) 札幌市は、まだ犯罪被害者等支援に特化した条例を制定していないが、令和2年8月1日から行政施策として新たな支援制度をスタートさせ、支援金の支給、家事関連の助成、住居関連の助成、精神被害等関連の助成を実施している。この支援を受けられるのは令和2年4月1日以降の一定の犯罪行為による犯罪被害者等で、札幌市民のみであるが、支援を開始した令和2年8月1日から令和3年12月末までのおよそ1年半で支給金総額は10,192,910円に上った。

(3) 他方、現在、道内全179市町村のうち、犯罪被害者等支援に特化した条例を制定しているのは、北斗市、松前町、広尾町、本別町、蘭越町、倶知安町、厚真町、真狩村、せたな町の9市町村のみであり(令和4年4月1日現在)、道内全市町村のわずか約5%にすぎない。また、この9市町村のうち、犯罪被害者等に対する見舞金の支給を具体的な施策として盛り込んでいるのは、北斗市、広尾町、せたな町だけである。

(4) 以上のように、広い北海道内においては、犯罪被害者等への支援について地域格差が著しいのが現状である。

また、全国的には、都道府県で83%、政令指定都市で50%、市区町村で22.3%が条例を制定しており、さらに増加していることと比較すると、北海道内における条例の制定状況は遅れていると言わざるを得ない。

居住地によって、犯罪等の被害に対する支援を受けられたり受けられなかったりする不公平な状況は速やかに解消されるべきであるから、北海道内すべての地方公共団体が犯罪被害者等の支援に特化した条例を制定する必要がある。

4.具体的な支援内容について

具体的な犯罪被害者等に対する支援内容は、各自治体において、その地域の状況に応じた施策について十分な検討と議論がなされるべきであるが、全国でも先駆的な取り組みをしている兵庫県明石市の犯罪被害者等の支援に関する条例が参考となる。明石市の犯罪被害者等の支援に関する条例では、次のような支援策が定められている。

相談・情報提供の支援として、精通弁護士等による法律相談料や臨床心理士等による心理相談料の補助が定められている。

日常生活の支援として、家事援助(ホームヘルパーの派遣に要する費用の補助やホームヘルパーの派遣)、介護を行う者の派遣にかかる支援(介護支援者の派遣に要する費用の補助や介護支援者の派遣)、一時保育に要する費用の補助(市の一時保育を利用する場合に要する費用の補助)、家賃補助(新たに入居する賃貸住宅の家賃の補助)、転居に要する費用の補助などが定められている。

経済的な支援としては、支援金(死亡した場合の遺族支援金や重傷病を負った場合の重症病支援金)や貸付金(無利子の資金の貸付)、刑事裁判手続に参加する場合の旅費の補助などが定められている。

このように、明石市の条例には、犯罪被害者等への支援がきめ細かに定められており、今後条例を制定する地方公共団体にとって参考になるものと思われる。

5.弁護士・弁護士会の取組み

当連合会では、平成28年度定期大会において「犯罪被害者支援に携わる関係機関・団体、専門家との連携をより強化し、支援の充実をめざす宣言」を決議した。また、旭川、釧路、札幌、函館の各弁護士会の犯罪被害者支援委員会がそれぞれの支援活動で得た経験を共有し、犯罪被害者等が全道のいずれの場所に居住していても等しく法的支援を受けることができるよう連携をとるため、平成29年には犯罪被害者支援委員会を設け、2ヶ月に1回程度情報交換を行い、互いの地域の捜査機関等との連携を図り、会員に対する研修を実施し、毎年、犯罪被害者週間に無料相談を行っている。令和元年9月20日には、札幌弁護士会で「札幌市犯罪被害者等基本条例の制定に向けて」と題するシンポジウムを行った。しかし、前述のとおり、道内の多くの地方公共団体では条例が制定されておらず、犯罪被害者等への支援については、条例を前提として実施できていない。

基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命としている私たち弁護士は、今後も、法律の専門家として、モデル条例案の周知や条例制定のための有識者会議に協力する等して、各地方公共団体の実情も踏まえつつ、条例制定に向けた活動に積極的に取り組むことを決意する。

当連合会は、道内の各地方公共団体において犯罪被害者等の支援に特化した条例を制定するための支援に取り組むとともに、条例が制定された後も、各地方公共団体が直面する法律上の問題に対して助言し、定期的に法律相談を行い、専門的職員の人材育成に協力する等、犯罪被害者等への支援が実効的に行われるよう各地方公共団体との連携をより推進していく。

6.まとめ

以上のとおり、犯罪被害者等への支援はまだまだ道半ばにある。特に、北海道内のほとんどの地方公共団体においては、犯罪被害者等支援に特化した条例が制定されていないのが現状である。

誰もがいつ、どこで犯罪被害に遭うかも分からない時代において、犯罪被害者等支援に特化した条例は、住民が安心して生活するための社会のセーフティネットでもあるから、北海道内すべての地方公共団体が速やかに制定する必要がある。また、犯罪被害者等支援に特化した条例は、単なる理念的な内容を宣言するにとどまらず、犯罪被害者等へのきめ細かな支援を実施できるように実効的に運用される必要がある。

そこで、当連合会は、北海道内のすべての地方公共団体及び地方議会に対し、犯罪被害者等支援に特化した条例の制定及びその実効的運用を求め、標記のとおり決議する。

以上