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道弁連大会

議案第4号(決議)

法教育のより一層の推進に関する宣言

北海道内の弁護士・弁護士会は、これまでも法律専門家ではない一般の人々、特に次世代を担う児童生徒を対象として、法、法の形成過程、司法制度、これらの基礎にある基本的な価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けてもらうための「法教育」に取り組んできた。このような法教育は、近時、学習指導要領の改訂等を契機として学校教育に普及しつつあるが、個人を尊重する自由で公正な立憲民主主義社会を支える市民の法的資質の育成という目的を達成するためには、更なる法教育の普及と充実が望まれる。弁護士・弁護士会は、法や司法制度に関する専門的な知識や経験を備えた在野の法律実務家及びその団体として、法教育の実施に当たって学校や学校教員と連携・協力し、そのニーズに応え得る立場にあり、法教育の実践と更なる普及、浸透のために今後も更に積極的な役割を果たすことが求められる。
以上のことに鑑み、当連合会は、①児童生徒に対する法教育の機会を更に拡充するために、広く道内の学校・学校教員や教育委員会との連携を進めること、②法教育の意義を理解して積極的に取り組む弁護士を増やし、広い法教育へのニーズに応え得る態勢を設けること、③これらの目的を達成するために北海道内の弁護士及び弁護士会相互の協力・連携を更に推進することを通じ、北海道内における法教育のより一層の推進のために積極的な役割を果たしていくことを、ここに決意する。
以上、宣言する。

2014年(平成26年)7月25日
北海道弁護士会連合会

提案理由

  1. 法教育とは
    「法教育」とは、法律専門家ではない一般の人々、特に児童生徒を中心的な対象として、(憲法を含む)法、法の形成過程、司法制度、これらの基礎にある基本的な価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けてもらうための教育をいう。
    上記のような意味での「法教育」は、アメリカの法教育法(Law-Related Education Act of 1978、 P.L. 95-561)にいうLaw-Related Educationに由来するものであり、このような法教育は、①法曹養成のための法学教育などとは異なり法律専門家ではない一般の人々が対象であること、②法律の条文や制度を覚えるだけの知識型の教育ではなく法やルールの背景にある価値観や司法制度の機能・意義を考える思考型の教育であること、③社会に参加することの重要性を意識付ける社会参加型の教育であることなどの特色を有するものであるとされる。

  2. 法教育の広がり-司法改革及び教育改革の流れ
    このような法教育は、1990年代頃から日本の社会科教育の分野において本格的に紹介されるようになったものであるが、日本において広く法教育の必要性が説かれるようになった契機の一つには、司法制度改革の議論を端緒とする動きがある。
    すなわち、1999年に内閣に設置された司法制度改革審議会は、2001年6月に公表した「司法制度改革審議会意見書」において、司法の国民的基盤を確立するための条件整備の一つとして、「学校教育等における司法に関する学習機会を充実させることが望まれる。このため、教育関係者や法曹関係者が積極的役割を果たすことが求められる」ことを論じた。
    これを受けて、2003年7月には、法務省に「法教育研究会」が設置され、2004年11月、同研究会による法教育に関する調査検討の結果を報告書に取りまとめた。同報告書は、先述のような意味での法教育を「国民一人ひとりが、自由で公正な社会の担い手となるため欠くことのできない資質の育成を目指すもの」であると位置付けた上で、「現在、我が国において、その普及・発展を図る必要性が極めて高くなってきている」と論じている。また、同報告書は、法教育で取り扱うべき主たる内容として、①法は共生のための相互尊重のルールであること、②私的自治の原則など私法の基本的考え方、③憲法及び法の基礎にある基本的な価値、④司法の役割が権利の救済と法秩序の維持・形成であることという4つの領域を挙げ、これらの領域毎の具体的な教材案を作成して、学校教育における法教育の具体的内容及びその実践方法を示した。その後、法教育推進の具体的な施策の検討と取り組みは、2005年5月に法務省に設置された法教育推進協議会に引き継がれ、現在も継続されている。
    以上のような司法改革の流れを汲む法教育推進の動きは、教育改革にも影響を及ぼした。中央教育審議会は、「『生きる力』という理念の共有」等を基本的な考え方として、2008年1月に学習指導要領の改善を答申したが、同答申では、教育内容の改善項目として、法やルールに関わる内容を教科・科目に取り込むことが提言された。この答申を受けて、小学校・中学校については2008年に、高等学校については2009年に学習指導要領の改訂が行われたが、新学習指導要領では、法に関する教育の充実がポイントの一つとされた。新学習指導要領には、小・中・高等学校のそれぞれにおいて法教育に関係付けられる内容の記述が見られるが、特に中学校社会科の公民的分野及び高等学校公民科の現代社会を中心として法に関する学習の充実が図られており、これに対応する教科書・資料集等においても法教育に関する内容が拡充されている。
    このような司法改革及び教育改革の結果、現在、法教育は、学校教育の現場に普及しつつあるといえる。

  3. 弁護士・弁護士会による法教育の取り組み
    以上は法務省・文部科学省を中心とした法教育への取り組みであるが、弁護士・弁護士会は、法教育研究会や法教育推進協議会への委員派遣等を通じてこのような法教育普及の動きに深く関わってきたほか、これらに先だって積極的に法教育に取り組むとともに、その充実の必要性を提言してきた。
    (1)日本弁護士連合会の取り組み
    日弁連は、早くも1993年5月の「司法に関する教育の充実を求める決議」において、司法及び人権についての教育の充実を関係各方面に対して強く訴えるとともに、それを支える弁護士の役割を強調していた。1998年11月の「司法改革ビジョン-市民に身近で信頼される司法をめざして」でも、社会のあらゆる分野に法と正義を行きわたらせるための「司法教育の充実」が改革課題として掲げられ、学校教育・社会教育において「司法および人権についての教育をより充実させるために、教科書の記述内容の充実、小・中・高校生や教師を対象とする裁判傍聴、授業や講座への弁護士派遣、副読本づくり、弁護士会と大学・大学院との交流強化などを進め(る)」旨の決意が示された。
    その後、2001年頃から、従来の「司法教育」は、より包括的な「法教育」の名称の下に包摂されることとなり、2002年7月には、日弁連に法教育の専門委員会を設置することを企図して、「市民のための法教育対策ワーキンググループ」が設置された。同ワーキンググループが2003年3月に取りまとめた「『市民のための法教育』に関する意見書」は、法教育の必要性について次のとおり論じている。
    「個人を尊重する自由で公正な立憲民主主義社会における「法」は、個人はそれぞれ異なった存在であることを認め、独自の善き人生を追求していくことを前提に、それぞれ異なる者が平和的に共存していくことを可能とする基本的枠組みを提供しているのである。
    このような自由で公正な立憲民主主義社会を持続・発展させていくためには、国民一人一人が、立憲民主主義における法の役割、諸原理や諸制度についての十分な知識、この知識を応用する技能や法過程に参加する技能、さらには、他人を尊重し、各人の基本的権利を守り、法に従って法的問題を解決する姿勢を身につけなければならない。
    このような意味で法的資質を備え、社会に対し積極的で責任ある行動をとれる国民を「市民」と定義するなら、立憲民主主義社会においては市民こそがその中核なのである。しかし、生まれながらの市民はおらず、不断の努力により市民を育成していかなければならない。
    このような「市民」となるための、単に法的知識の取得に止まらない、法的知識を応用する技能・法的参加の技能の修得や法的問題を法に従って解決する態度形成などの法的資質を育成する教育を「法教育」と呼ぶならば、法教育は、幼稚園から成人までの学校や地域社会における教育的場面において、広く展開されなければならない。」
    同意見書は、以上のような課題の認識に基づいて、「日本弁護士連合会が、国民に対し、広く「法教育」を普及・実践していくことが弁護士の責務である」として、市民のための法教育を研究・推進する専門委員会の設置を提言した。
    この提言を受けて、2003年4月、日弁連に「市民のための法教育委員会」が設置された。同委員会は、これまで法教育に関する海外調査、弁護士・学校教員に対する研修や2007年8月に初めて開催された「高校生模擬裁判選手権」を含む各種の法教育イベントの開催、法務省法教育研究会及び法教育推進協議会への委員派遣を含む他団体との協議等の活動に取り組んでいる。
    また、日弁連としては、2008年7月の「『私法分野における法教育の展開』についての提言」により、法教育において取り扱うべき私法分野における基本原則や契約等の基礎的な概念を示したほか、2009年11月の「人権のための行動宣言2009」、同年12月の「日弁連基本政策集」においても、立憲民主主義の担い手たる市民を育成するために法教育の普及と実践に継続的に取り組むことを宣言している。

    (2)道外の弁護士会・弁護士会連合会の取り組み
    道外の弁護士会においては、弁護士会が主体となって開催する児童生徒向けの法教育イベントであるジュニア・ロースクールの実施や、弁護士が学校に赴く法教育出張授業の実施、裁判傍聴の引率、学校教員との連携・協力等の様々な法教育活動に取り組んでおり、多くの弁護士会において法教育に関する専門委員会が設置されている。
    また、各弁護士会連合会においても、法教育に関するシンポジウムの開催や法教育に関する決議・宣言がなされており、また、法教育に関する委員会等が設置され継続的に法教育に取り組む態勢が設けられている。

  4. 北海道内の弁護士会及び当連合会における法教育への取り組み
    北海道内の弁護士会においても、早くから消費者保護委員会による消費者教育の出前授業等に取り組んできたほか、以下のとおり、上述のような意義における法教育に取り組んできた。
    (1)札幌弁護士会
    札幌弁護士会では、司法改革推進本部の第四部会(市民部会)が2001年頃から司法教育の取り組みを開始し、高校での法教育授業や模擬裁判劇を実施したほか、2002年には学校教員と弁護士からなる法教育協議会を発足させた。その後、2004年8月からは「市民ネットワーク委員会」が、2012年3月からは法教育専門委員会である「法教育委員会」が法教育活動を引き継いでいる。具体的な取り組みとしては、学校での出前授業や模擬裁判の実施、弁護士会・法律事務所訪問の受け入れの他、弁護士と学校教員からなる法教育研究協議会の実施、高校生向けの法教育授業及び刑事模擬裁判からなるジュニア・ロースクールの実施(2005年から)等の活動をしている。また、2013年8月には日本司法支援センター等との共催により「平成25年度法教育シンポジウムin札幌」を開催した。
    これらの法教育委員会による法教育活動の他にも、消費者保護委員会による出前授業、雇用と労働に関する委員会による出前授業、憲法委員会による出前授業及び中高生のための憲法講座の開催(2007年から)など、多様な法教育の取り組みがなされている。

    (2)函館弁護士会
    函館弁護士会では、法教育活動を目的とする委員会として、2011年8月に「子どもの権利と法教育に関する委員会」が設置されており、具体的な取り組みとしては、学校教員と弁護士のための法教育勉強会の実施、学校での出張授業、高校生向けのジュニア・ロースクール(講義、裁判所見学、刑事模擬裁判)の開催(2012年から)、教員研修での法教育についての講義・紹介等の活動を行っている。

    (3)旭川弁護士会
    旭川弁護士会では、「法教育プロジェクトチーム」が法教育活動に取り組んでおり、具体的な取り組みとしては、学校での模擬裁判等の他、2012年からは高校生向けのジュニア・ロースクール(刑事模擬裁判)を実施している。

    (4)釧路弁護士会
    釧路弁護士会では、法教育専門委員会として、2012年4月に「法教育委員会」が設立されており、具体的な取り組みとしては、学校での出張授業の他、教員研修(裁判員制度を含む法教育研修)を実施している。

    (5)北海道弁護士会連合会
    当連合会としては、2009年8月に日弁連からの呼びかけにより法教育に関するブロック意見交換会を開催し、各地の法教育活動についての情報交換等を行った。その後、2013年8月には、札幌弁護士会からの呼びかけにより法教育協議会が実施され、各地の法教育の取り組みについて情報及び意見交換を行った他、当連合会における法教育委員会の設立に関して意見を交換し、「法教育連絡協議会」の設立に向けた準備を行うことが確認された。
    これらの取り組みを経て、2013年11月、「北海道内における市民や学校等に向けた法教育の普及・発展を目指して、道内各単位会相互の情報及び意見交換を行うこと」を目的とする継続的な組織として、法教育連絡協議会を設立した。

  5. 弁護士・弁護士会が法教育に取り組む意義
    先述のとおり、法教育については、司法制度改革及び教育改革の流れの中でその必要性・重要性が多く語られることになったことから、社会経済的領域における自由な活動から生ずる紛争を防止し、紛争が生じた場合に法に従った適切な解決を図るのに必要な資質や能力という意味での「生きる力」の育成のための教育であるとか、あるいは、司法制度改革により導入された裁判員制度への参加に備えるための教育であると狭く捉えられることが多い。
    しかしながら、以上にも見てきたとおり、弁護士・弁護士会がこれまで取り組んできた法教育は、このような狭い目的にとどまるものではない。そもそも、法や司法制度が社会・国家の基本的な基盤をなすものであることからすれば、一般の市民や子ども達が法や司法制度、これらの基礎にある価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けるための教育は、時代の要請を問わない普遍的な重要性を有するものであるといえる。
    そして、このような法教育において学ばれるべき内容には、社会経済生活に直ちに役立つような法律知識や技能だけではなく、法や司法の基礎にあるより基本的な価値や原則も含まれる。これまでも述べられているように、個人を尊重する自由で公正な立憲民主主義社会における「法」は、第一義的には、個人がそれぞれに異なった存在であることを認め、独自の善き人生を追求していくことを前提に、互いに異なる者が平和的に共存していくことを可能とする基本的枠組みを提供する「共生のための相互尊重のルール」として理解されるべきであり、「司法制度」は、このような法の下で、各人の基本的権利を擁護するとともに、当事者間の紛争を公正な手続により解決するために必要欠くべからざる重要な制度的基盤であることが理解されるべきである。
    このような法や司法制度は、立憲民主主義社会を支える重要な基盤であるが、それらは決して自動的に維持・改善されるものではない。民主主義原理を採用する立憲民主主義社会においては、法や制度の正統性は究極的には国民に由来するものであり、その維持・改善は国民自身が担うべきものといえる。法教育が究極的な目的とするところは、このような法や司法制度の意義やその基礎にある価値を理解するのみならず、その維持・改善を担うべき将来の市民の育成にある。
    弁護士・弁護士会は、在野の法律実務家として、法や司法制度に関する専門的な知識や経験を活かして、学校での法教育の実施に当たり学校教員と連携・協力し、そのニーズに応え得る立場にあり、以上のような法教育の意義をよく理解した上で、法教育の実践と更なる普及、浸透のために積極的な役割を果たすことが求められるところである。

  6. 法教育推進の課題と改善方策
    以上のような認識に基づき、これまでも北海道内の弁護士・弁護士会では積極的に法教育に取り組んできたところであるが、取り組みの中で見えてきた課題もある。
    (1)第1は、学校・教員や教育委員会との更なる連携・協力である。
    先にみたとおり、北海道内の各単位会においては、学校への出張授業、弁護士会への職場訪問の受け入れ、弁護士会が主催するジュニア・ロースクールの開催など、様々なかたちで法教育の実践を行ってきたところであるが、このような法教育の取り組みは、未だ一部の学校や児童生徒を対象とするにとどまっており、広く道内の小・中・高等学校に浸透しているとはいい難い状況にある。法教育が学校に広く浸透しない要因としては、学校教員が法や司法制度に関する専門的な知識や弁護士等の専門家とのつながりを有しないことや、学校側が弁護士に求める内容として想定する法・制度に関する知識型の教育や犯罪・非行防止に関する教育と、弁護士の想定する法教育との間のギャップがあることなどが指摘されている。このような学校現場と弁護士・弁護士会との間にあるギャップを解消するためには、学校教員と弁護士・弁護士会との間で継続的な連携・協力関係を築き、法教育についての情報や意見の交換を図る必要があると考えられるが、そのような関係の広がりは未だ狭い範囲にとどまっているものといわざるを得ない。
    このような状況を解消するためには、弁護士・弁護士会の活動に加えて、当連合会としても、広く道内の学校・学校教員・教育委員会に働きかけて、学校教育現場との連携・協力態勢の構築を進めていくことが必要である。

    (2)第2は、法教育の意義を理解し、法教育に積極的に取り組む弁護士の拡充である。
    法教育の機会を拡充し、弁護士・弁護士会と学校教員との継続的な連携・協力を構築するためには、弁護士・弁護士会の側にそれに応えるための人材も必要となる。北海道内の各単位会においては、それぞれ法教育を担当する委員会が設置されているところではあるが、法教育担当委員会の人員だけで幅広い法教育を担当することには限界もある。
    幅広い法教育のニーズに応えるためには、各単位会における法教育委員会や法教育活動を担う委員会の活動はもちろんであるが、広く弁護士会ないし当連合会全体で法教育のニーズに応え得る態勢(横浜弁護士会等で設けられている、登録弁護士による「法教育センター」制度など)を構築することについても検討しなければならない。

    (3) 第3は、単位会相互の連携・協力の更なる推進である。
    北海道内の各単位会においては、それぞれの単位会がカバーする地理的範囲が広いことや地域毎に弁護士数の偏りがあることもあり、学校や児童生徒の法教育に対するニーズが大きくなった場合に、これに十分に応えることが困難な事情も存する。
    道内各地における様々な法教育のニーズに対応するため、当連合会としては、2013年に設置された道弁連法教育連絡協議会の活動を中心として、法教育教材・授業案の作成・共有や、法教育授業・模擬裁判の準備・実施等の様々な場面において、更なる連携・協力を推し進める必要がある。
  7. 結語
    当連合会は、以上のような法教育の重要性の認識、そして弁護士・弁護士会が法教育に積極的に取り組むことの必要性の認識に基づき、北海道内における法教育のより一層の推進のために更に積極的な役割を果たしていくことを、ここに決意する。
    以上の理由から、本宣言案を提案する次第である。

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