政府は、2020(令和2)年12月18日の閣議で「自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要な資料の提出を防衛大臣から求められた場合(自衛隊法97条1項及び同法施行令第120条)については、市区町村長が住民基本台帳の一部の写しを提出することが可能であることを明確化し、地方公共団体に令和2年度中に通知する。」と決定した。

その後、2021(令和3)年2月5日に上記通知が発せられて自衛隊に紙や電子媒体で名簿を提供する自治体が増え、2020(令和2)年度には全国1741自治体中810自治体(47%)だったが、2024(令和6)年度には1152自治体(66%)となった(防衛省公表)。北海道は、当連合会が実施した調査結果(179自治体中167自治体が回答)によれば、2023(令和5)年度において、名簿提供は113自治体、閲覧は46自治体、両者とも行なっていないのは2自治体だった。

このように、市町村の自衛隊への名簿提供は、新しく提起された問題であり、自治体により対応が区々であることから、地方議員や自治体、住民などから、その法的根拠や適法性、個人情報保護法との関係、住民への周知や除外申請の問題点、自衛隊の募集活動のあり方などについて様々な相談が弁護士に寄せられている。

そこで、当連合会は、人権擁護と法律制度の改善の立場(弁護士法1条)から、2024(令和6)年11月から2025(令和7)年3月まで全道の各市町村にアンケ-ト調査を行ない、それを踏まえて法律上の問題を検討し、以下のとおりまとめ、要請することとした。

第1 意見の趣旨

当連合会は、北海道内の各地方自治体に対し、以下のとおり要請する。

自衛隊協力本部に対して住民基本台帳に記載されている個人情報(氏名、生年月日、性別、住所)を当該本人(当該本人が未成年者である場合には親権者を含み、当該本人が制限行為能力者である場合には法定代理人を含む)から個別に同意を得ることなく閲覧を認め、あるいは紙媒体又は電子デ-タで提供している自治体は、当該本人らの同意なく行なわないように運用を改めること。

自衛隊協力本部に紙媒体又は電子記録媒体で名簿を提供している自治体は、本人の個別の同意を取るなどの措置により名簿提供が適法になされる場合であっても、住民基本台帳に記載されている個人情報が憲法第13条で保障されるプライバシ-権の重要な構成要素であり、その提供と管理に対する責任は自治体自身にあるという立場から、名簿提供に際しては、提供範囲の限定、目的外利用の禁止、漏洩防止、秘密保持、利用終了後の返還・廃棄、違反時の契約解除などの実効的な措置を、議会による決議・承認を経て講じること。

第2 意見の理由

北海道内の個人情報提供の実態と特徴

(1)

北海道内の地方自治体では、自衛隊の各地方協力本部(札幌、旭川、函館、帯広の4本部)からの依頼をうけて、自衛官の募集に協力することを目的として、住民基本台帳に登載された市民に関する「氏名」「生年月日」「性別」「住所」の4情報(以下「住基4情報」という。)を電子記録媒体や紙媒体に記録して、当該市民本人の同意なしに自衛隊の地方協力本部に提供している。

たとえば、札幌市の場合には、2024(令和6)年の単年度だけで1万5386人の18歳(高等学校卒業予定年齢)及び1万8533人の22歳(大学卒業予定年齢)に達する者が対象となった。

当連合会が行なった今回の調査(以下、「アンケ-ト」という)によれば、北海道内は、2023(令和5)年度は少なくとも、119の自治体で住基4情報(自治体によっては生年月日を除く3情報や生年月日と性別を除く2情報のところもある)が提供されている。このうち、紙媒体が99と圧倒的に多く、電子デ-タは20にとどまる。これに対して閲覧(住民基本台帳の閲覧を許可し、隊員が住所や氏名などを書き写す)は46自治体である(質問1)。

他方で、自衛官以外の警察官、消防士、医療従事者、教員、福祉士等について、募集業務に係る第三者から請求があった場合、住民の個人情報を本人の同意なしに名簿の提供もしくは閲覧を認めているかという質問に対して、請求があれば名簿を提供するが3自治体、請求があっても提供しないが13自治体、閲覧までは認めるが28自治体、名簿の提供も閲覧も認めないが64自治体となっている(質問25)。これにより、自衛隊以外にも名簿の閲覧や提供があることが判ったが、それにしても自衛隊への名簿の閲覧・提供は、各自治体でほぼ例外なく行なわれている特別な取り扱いであることが明らかになった。

(2)

紙媒体又は電子デ-タによる名簿提供は、2020(令和2)年までに行なっていたのが4自治体であったのに対して,2021(令和3)年以降に提供を開始したのが72自治体と、急増している(アンケ-ト質問7)。

これは、2020(令和2)年12月18日の閣議決定を受けて、防衛省と総務省が、次の通知を発出したことが契機になっていることが明らかである。

「 『自衛官又は自衛官候補生の募集事務に関する資料の提出について(通知)(2021年2月5日付 防衛省人事教育局人材育成課長、総務省自治行政局住民制度課長の連名。以下「令和3年通知」という)

自衛官及び自衛官候補生の募集に関し必要となる情報(氏名、住所、生年月日及び性別をいう。)に関する資料の提出は、自衛隊法第97条第1項に基づく市区町村の長の行う自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務として自衛隊法施行令第120条の規定に基づき、防衛大臣が市区町村の長に対し求めることができること。

上記の規定の募集に関し必要な資料として、住民基本台帳の一部の写しを用いることについて、住民基本台帳法上、特段の問題を生ずるものではないこと。」

なお、上記通知には、通知の法的性格について、「本通知は、地方自治法第245条の1第1項に基づく「技術的助言」であることを申し添えます」と付記されていた。

住基4情報の要保護性

(1)

住基4情報が、個人識別情報として憲法13条で保障された人格権のうちのプライバシー権によって保護されることに異論はない。

すなわち、憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しており、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される(最高裁判所平成20年3月6日第一小法廷判決・住基ネット事件)。

そして、住基4情報が、法的に保護されるべき情報に該当することは、個人情報保護法第1条(目的)、第2条(定義)により法文化されている。

なお、伝統的なプライバシー権は、消極的な「他者に知られたくない権利」を意味するものだったが、前述したとおり、今日では、自身の情報がどのように扱われるかを知り、不当に利用されないよう関与(収集・利用・開示・訂正・削除など)する権利として発展し、「自己情報コントロ-ル権」という呼称が定着しつつある。本意見書もかような理解に立つが、判例や行政実務では未だ「プライバシー権」という呼称が一般的なため、以下ではそれに拠って論じる。

(2)

住基4情報が個人情報として保護されている具体例について、自衛隊への名簿提供で問題になっている高校生について考えると、たとえば、高校入試の合格発表は受験番号のみで名前が出されることはなく、クラスで全員の名前と連絡先を一覧表にして共有することもない。高校が行なう職業紹介業務(職業安定法第33条の2)においては、生徒の個人情報が本人や保護者の同意なく求人者に提供されることはない。もとより、閲覧については認めるということもない。今日ではこれが社会常識になっている。

このように、教育行政においては住基4情報が極めて慎重に扱われているにもかかわらず、同じ行政組織である自治体が、外部組織である自衛隊からの要請に基づいて、個人情報を一律に提供することがなぜ可能なのか。とりわけ、提供対象が自衛隊であることは、未成年者や保護者の人生観、職業観、価値観に関わるセンシティブな問題である一方で、大学等高等教育機関への進学率が87.3%(2024年12月文科省発表)に達しており、身体の特性や障害により戦闘員たる自衛官に不適任な者(自衛隊法施行規則27条等)もいるのに、これらを一切構わず同年齢者の名簿を全部提供するという目的と方法に合理性があるのか。このような市民の素朴な疑問が本問題の出発点となっている。

(3)

住基4情報の保護については、住民基本台帳法に定められている。

住基法の前身は、住民登録法(昭和26年8月8日法律第218号)であり、住基4情報が記載された(他の情報も含む)住民票について、閲覧、謄本及び抄本の請求が何人でも可能であり、制限する規定はなかった(同法第10条1項)。

同法は、1967(昭和42)年11月の(旧)住民基本台帳法(以下「住基法」という。)の施行に伴い廃止されたが、同法でも「何人でも、市町村長に対して、住民基本台帳の閲覧を請求することができる」とされ、誰でも閲覧が可能とされていた(旧法第11条1項)。これは、当時の社会通念上、4情報を含む住民基本台帳の個人情報がプライバシー保護の観点から守られるべきものと考えられていなかったためである。

しかし、情報化社会の進展や社会一般のプライバシー意識の高揚、裁判例の積み重ね等の社会情勢の変化を受け、2003(平成15)年4月に(旧)個人情報保護法が制定され2005(平成17)年4月から全面施行され、2006(平成18)年11月に住基法が改正され(改正後を「新法」という)、住基4情報は原則非公開となった(新法第11条1項)。

そして、上記の例外として、国又は地方公共団体の機関が「法令で定める事務の遂行のために必要である場合」には、市町村長に対して写しの「閲覧」を請求することができるとされた。

(4)

以上より、自衛隊への名簿提供の適法性の問題は、令和3年通知に記載されているように、自衛隊は「自衛隊法97条1項、同施行令120条」に基づき市町村に対して住基4情報の提出を求めることができるのか、すなわち、「自衛隊法97条1項、同施行令120条」に基づく自衛官募集事務が、住基法11条2項2号に定める「法令で定める事務の遂行のために必要である場合」に該当し、閲覧又は名簿の提供を請求できるのか、という問題である。

ところで、住基法改正当時、同法の「法令」は、犯罪捜査、税務調査、民事裁判、児童の保護など、広く社会全体の利益に該当し対象が個別的に限定されたものが該当すると考えられ、一定範囲の住民情報を一律に提供するような「法令」は想定されていなかった。また、新法第11条1項が認めたのは「閲覧」であって、複写機による「複写」は「閲覧」の概念を超えるので、コピー等を「提供」することは認められないとされた。

さらに、新法は、市町村長が4情報など住基法に掲載された情報のうちの本人確認情報を「提供」できる場合を、住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)による場合だけと定めている(住基法第4章の2・第2節「本人確認情報の処理及び利用等」、同第3節「本人確認情報の提供及び利用等」)。

この住基ネットによる「提供」は、提供された個人識別情報の保護のために詳細な規定が設けられている。すなわち、提供を受けることができる機関と事務が限定されたうえ、提供する情報の内容、提供の方法が具体的に規定され、提供される本人確認情報の管理、利用、同情報の目的外使用の禁止、提供された本人確認情報の保護のための専門機関としての監視機関の設置と同機関による本人確認情報の保護に関する事項の調査審議権限の付与など、提供された本人確認情報の保護のために詳細な規定が設けられている。

このように、「住基法に基づく4情報の提供」(この場合の「提供」は閲覧を含む。以下同旨)については個人情報を保護するために多くの措置が取られているところ、これと同様の保護体制が自衛隊法第97条1項、同施行令第120条に定められていると言えるかが問題となる。

自衛隊法第97条1項・同施行令第120条の解釈・適用

(1)

これまで述べてきたように、住基4情報はプライバシー権によって保護される基本的人権である。そして、住基4情報を内容とする名簿を自衛隊に提供することは、この人権の制限に当たる。

およそ人権を制限するにはその根拠となる法律が必要であり、当該法律から人権規制の趣旨、内容が明確に読み取れる規定であることが必要である(薬事法の委任の範囲に関する最高裁判所平成25年1月11日第二小法廷判決判)。本件に即すならば、自衛隊法第97条1項・同法施行令第120条から、住基4情報を提供するというプライバシー権制限の趣旨及びその内容が具体的に読み取れることが必要となる。

(2)

自衛隊法と同施行令は、自衛隊が発足した1954(昭和29)年7月に施行され、自衛隊法第97条1項は「都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。」と定め、自衛隊法施行令第120条は「防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。」と定め(以下、「自衛官及び自衛官候補生」を単に「自衛官」と言い、「募集に関する事務」を単に「募集事務」という。)、その後今日まで法改正はない。

「自衛官の募集に関する事務」の内容については、「2等陸士、2等海士及び2等空士たる、自衛官の募集及び採用に関する訓令(昭30.12.28防衛庁訓令第80号)」が、「『募集業務』とは、募集に関する計画及び広報、志願受付、並びに試験を行うことをいう。」と定義している。

また、自衛隊法第97条1項を受けた自衛隊法施行令は、「第7章 雑則」において「募集期間の告示」(第114条)、「志願票の提出先や受験票の交付の手続き」(第115条)、「本籍調査」(第116条)、「試験日・試験場の告示」(第117条)、「海士、空士の定め」(第118条)、「広報宣伝」(第119条)などの事務を定めたうえで、「必要な報告又は資料の提出をもとめることができる」(第120条)と定めている。

そうすると、文理上、同第120条は、第114条乃至119条の事務に関連する「報告」や「資料の提出」を定めたものと解される。この解釈は、自衛隊法施行令を解説する文献(「防衛法」340頁(自由国民社)1974年)において、同規定が「募集事務がスムーズに遂行されるよう、内閣総理大臣は、都道府県知事及び市町村長に対して、募集に対する一般の反応、応募者数の大体の見通し、応募年齢層の概数などに関する報告及び県勢統計等の資料の提出を求め、地方の実情に即して募集が円滑に行われているかどうかを判断するための規定」とされていることからも裏付けられる。

以上のとおり、自衛隊法施行令第120条は、法律でなく政令にすぎず、また、その内容も自衛官の募集に関する広報や採用の事務を分担遂行する実務規定であって、個人情報を特定の行政機関に提供する人権規制の根拠「法令」となるものではない。

(3)

前記(2)で述べたとおり、自衛隊法第97条1項・同施行令第120条の「募集事務」に関する規定は、住基4情報を原則非公開と定めた改正住民基本台帳法(2006年11月施行)よりもはるか以前の、個人情報が法的保護に値する権利利益であると認識されておらず、住民登録法や旧住基法で自衛隊も自由に閲覧できると解されていた時代の法律であり、もともと個人情報の提供を受けることを前提としていない規定である。

したがって、2006年住基法改正にあたり、改正後に住基4情報の提供を受けるためには、「提供を可能とする法令」を作る必要があったのである(なお、今回の調査により、2021年通知以前にも名簿を提供していた自治体が39存在しており、法的根拠があいまいなまま長期にわたって名簿提供が継続されていた実態も判明した。)。

そうすると、2021(令和3)年2月5日付け総務省・防衛省通知は、住基法改正で閲覧や名簿提供の法的根拠がない状況が生まれたことに対して、法律の改正ではなく、行政解釈によって「外された梯子を掛け替えた」ものと言わざるをえない。これは、行政が国民の権利を制限したり義務を課したりする際には議会が定めた法律の根拠が必要という「法律による行政の原則」に反するものである。

(4)

提供する対象者について、法的な制限がないことも問題である。

すなわち、現在、北海道内の多くの自治体では、18歳、22歳の住民が名簿提供の対象となっているが(アンケ-ト質問3)、自衛隊法第97条1項・同施行令第120条は、対象者の年齢を限定する内容がない。そのため、帯広市(人口約16万人)では、2022年度は18歳から32歳(入隊可能な年齢)までの全住民2万3179人の名簿が提供されている(北海道新聞2023年6月5日付朝刊)。

また、中学校卒業予定者(15歳)に対し陸上自衛隊高等工科学校を案内するために行なう住基4情報の閲覧は、高校進学率が98.8%(2024年度・文科省発表)に達していること、男子校なのに女子の名簿も閲覧できること、入学定員が僅か350名であること、閲覧ないし名簿提供を行なう自治体がそもそも少ないことから、その必要性、合理性自体に疑問がある。

さらに、道内及び全国には郵送用のタックシ-ルで名簿提供している自治体があり、これには利用目的を限定し、生年月日・男女別の情報を提供しないという考えもあるとされるが、当該本人の同意がないことやデ-タ化や他目的への利用が可能である点では、問題の本質は変わらないといえる。

このように運用が区々になっていることからも、やはり自衛隊法第97条1項・同施行令第120条からは、住基4情報を提供するというプライバシー権制限の趣旨及びその内容を明確に読み取れないこと、すなわち自衛隊法第97条1項・同施行令第120条が、プライバシー権を制限する根拠となりえないことがわかる。

個人情報保護法第69条1項の「法令」の解釈適用

以上に述べてきた住基法の解釈は、個人情報保護法の解釈からも妥当する。

個人情報保護法は、行政機関の長等は、法令等に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は提供してはならない(法第69条1項)と規定する。そして、「他の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体の機関又は地方独立行政法人に保有個人情報を提供する場合において、保有個人情報の提供を受ける者が、法令の定める事務又は業務の遂行に必要な限度で提供に係る個人情報を利用し、かつ、当該個人情報を利用することについて相当の理由があるとき」(同条2項)に限り例外を認めている。

ここで言う「法令」の例外は、住基法第11条1項と同じく、個人情報の利用及び提供が必要との立法意思が明確になっており、かつ、保護すべき権利利益が明確になっており、さらに、取扱いが合理的な範囲に限定されているものでなければならない。

具体的には、犯罪捜査・違法不正の調査、民事裁判、感染症予防、児童の保護など、広く社会全体の利益に関する目的の規定ばかりであり、年齢など一定範囲の住民情報を一律に提供するような「法令」は予定されていない。

以上のとおり、個人情報保護法の立場からも、自衛隊法第97条1項・同施行令第120条を、住基4情報を提供できる例外法令と解することはできない。

除外申請制度の同意の代替手段としての適否

(1)

自衛隊法第97条1項・同施行令第120条が、個人情報保護法第69条の「法令」に該当せず、住基法第11条1項が個人情報の「提供」は認めないとすると、自治体が住基4情報を自衛隊に提供することは、本人の個別の同意なしにはできないことになる。

そこで、少なからぬ地方自治体は、除外申請制度を設けて対象者の同意に代替させている。すなわち、自衛隊に自身の個人情報の提供を望まない場合、指定された期間に、オンライン・郵送・メールなどの何らかの方法で、直接、意思表示をすることで、提供情報から除外されるという制度であり、北海道内の地方自治体では、93自治体(52%)が実施している(アンケ-ト質問16)。

(2)

ところで、個人情報の提供は、プライバシー権という重要な権利の放棄を意味するため、明確な意思表示、すなわち住基4情報提供の肯否について判断するのに必要な情報の提供を受けた上で、外形的に明確な同意を要するべきである。

アンケ-ト質問11で、①住基法による閲覧以外の紙媒体又は電子データで名簿提供をすることになった経緯、②法令上の根拠、③名簿提供の実施状況を公開して住民に周知しているか聞いたところ、周知していない・無回答が118自治体(60%)に上り、3つとも周知している自治体は28(14%)にすぎなかった。

また、周知している自治体に周知方法を尋ねると、ホ-ムペ-ジ、公式LINE、広報誌がほとんどであり(質問12)、学校を通じた周知をしているという回答もほとんどなく、住民本人又は家族から事前に同意を取っているのは10自治体にすぎなかった(質問13)。

これでは、除外申請制度を知らない住民が多数であり、事実上除外申請する機会を与えていないに等しい。事実、実際に除外申請があった数は、回答があった76自治体のうち、0人が実に50自治体(66%)を占める(アンケ-ト質問21)。除外申請制度を対象者に書面で周知している東川町では50人、瀬棚町では17人、赤平市では18人、三笠市では21人が除外申請をしたのに対して、対象者に個別に周知していない旭川市では26人、札幌市では205人しか除外申請をしておらず、対象人口の多さを考えると少なすぎる。

かような実態を見ると、除外申請制度は、対象者に個別に確実に周知して権利行使の機会を保障しない限り使われることがなく、プライバシ-に配慮しようとしたという形だけのものと言わざるをえない。

さらには、対象者に個別に確実に周知しなければ、たまたま除外申請制度を知った住民と知らなかった住民が生じていることになり、それにより権利行使の機会に差が生ずることになり、これは住民に対する差別扱いの禁止、自治体行政の公平性に反するといえる。

(3)

そもそも、自衛官の募集という目的からは、それに何らかの興味や関心のある者に対して送付するのが合理的であり、明示の同意をした者についてのみ送付することに、不合理なことは何もない。今日では個別の同意なしに第三者に情報提供できないことは社会常識になっており、ひとり自衛隊だけが特別扱いされる理由はない。

しかも、除外申請は、「自衛隊に自身の個人情報の提供を望まない」という意思を積極的に表明することを求めるものであり、そこには、自衛隊や軍事に対する政治意識、非暴力(non violence)といった価値観や宗教観、職業観などが反映していることが多く、これらは日常的に外部に披歴するものではない。

それにもかかわらず、除外申請制度を用いることは、この披歴を事実上強要し、申請手続のための負担を強いることになり、これは思想良心の自由(憲法第19条)の一内容である「沈黙の自由」の侵害にもあたり得る。

かような観点からも、自治体が対象者全員に等しく情報を提供し、自衛隊の募集情報が欲しいという人(明示の同意者)についてのみ、自衛隊に名簿を提供することにすれば問題は全くなくなり、除外申請制度も必要ないことになる。

高校生の進路指導と職業安定法に基づく求人ル-ルとの関係

(1)

自治体の住基4情報の提供は、自衛隊による自衛官獲得の求人活動への協力であるが、求人活動を含む職業紹介活動を法的に規制している基本法は職業安定法であり、その監督及び実施機関は公共職業安定所(ハロ-ワ-ク)である(同法第5条)。

これに対し、自衛官の募集については職業安定法の適用が除外されている(同法第62条2項・自衛隊法第65条の10)。しかし、民間企業であれ、一般官庁であれ、自衛隊であれ、求人対象者の職業選択の自由及び利益の観点からは、求人側への要求は変わるところがない。特に、自衛隊が力を入れる高校卒業予定者は多くが未成年者であるため、格別の配慮がなされてきた経緯がある。

すなわち、文科省と厚労省(旧文部省・労働省)は、防衛省(旧防衛庁)に次の内容を申し入れ、防衛省(旧防衛庁)はこれを通達として周知しており、1982年4月8日「文部省職業教育課長・労働省業務指導課長の防衛庁人事第2課長への口頭申入れ(要旨) 『高等学校新規卒業者に係る自衛官の募集について』」は、次のように述べている。

「文部・労働両省においては、かねてから高等学校新規卒業者の就職に関し、民間事業所等に対して、募集・選考開始の期日を厳守することをはじめ、家庭訪問を行わないなど、秩序ある求人活動が行われるよう指導を行ってきているところである。

自衛官の募集については、防衛庁が自衛隊法に基づいて行えることになっているが、文部・労働両省としては、高等学校新規卒業者に係る自衛官の募集についても、教育的観点から民間事業所と同様に、所定の時期に学校を通じて学校の協力の下に行われることが適当と考えるので、募集活動について行き過ぎないよう特段の理解と協力を願いたい。」

(2)

以上のとおり、高校卒業予定者に対する求人活動について、社会的に未成熟・未経験な生徒に対する保護、援助という教育的観点から、生徒の家庭に訪問しないこと、職業紹介は学校を介して適切な方法で行われ直接勧誘する行為は認められないことなど、民間事業所と同様に行なうことが定められている。

生徒や保護者の立場からすると、自衛隊を含む官公庁や民間の求人活動は、学校を通じて教育的な配慮のもとに行われており、生徒の意思に反して進められたり、保護者が知らないまま進められることはないと理解されている(この点については、北海道教育委員会がホームページの「高校職業紹介業務のフロ-チャ-ト(高校)」で分かりやすく説明している)。

ところが、自衛隊の求人活動は、学校や保護者を介することなく、勧誘文書を直接本人に郵送したり自宅ポストに投函したりし、さらには、制服の隊員が生徒宅を勧誘に訪れているという報道もなされている(北海道新聞2023年6月5日付朝刊)。

自治体から提供を受けた名簿について、自衛隊は、勧誘葉書の郵送に使用していると説明しているが、もし上記のような事実があるのであれば、上記通達に反した求人活動である。

各自治体は、こうした自衛隊の求人活動の実態に関する報道や住民情報などを踏まえて、個人情報を提供する肯否の判断をし、あるいは提供した個人情報の監理や利用の実態を厳しくチェックすることが必要である。

自治体は名簿提供を自治事務として個人情報保護の立場で対等に

(1)

前述してきたとおり、自衛隊への名簿提供は、直接的には住基法第11条1項の解釈・適用の問題であるが、住民基本台帳に対する「市町村長等の責務」(同法3条1項)から考える必要がある。なぜならば、同条項は「市町村長は、常に、住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない」とし、住民の個人情報を管理することは、「住民の福祉の向上を図る」(地方自治法1条の2)地方自治の本旨(憲法92条)に基づく地方自治体の最も基本的な事務であり、国の事務でないことを明記しているからである。

これは、戦前の明治憲法下の市町村が、全体主義・軍国主義国家の下部機関とされていたことに対して、日本国憲法が全体主義・軍国主義を否定し、家制度を廃止して、個人の尊厳、個人主義を最高の価値とし、その制度的な保障の1つとして地方自治を認めたからである。

(2)

その後、2000(平成12)年4月の地方自治法改正による地方分権改革の1つとして行なわれた機関委任事務制度の廃止に伴い、新たに導入されたのが法定受託事務制度である。このときに、自衛隊法施行令第120条は、同第162条で機関委任事務から法定受託事務に変更された。

当時、機関委任事務の大半は、法定受託事務(地方自治法第2条8項)と自治事務(法定受託事務以外の事務)とに再編成されたが、いずれの事務も自治体の事務とされ、その処理は自治体の自主的な判断に委ねられ、法定受託事務も条例の制定や協定書の締結が可能とされている。

ところが、道内自治体の多くが、自衛官の募集事務について、名簿の提供も含めた全てを「法定受託事務」と認識している実態が明らかになった。すなわち、アンケ-ト質問9で、法定受託事務と捉えているのが110自治体、自治事務と捉えているのが9自治体(回答なし60自治体)となっている。

さらに、アンケ-ト質問4で、名簿を提供するか否かを決めるにあたって個人情報保護条例(令和5年4月から個人情報保護法に移行)に基づいて保存、利用、提供等に関して審議会を開催したかを問うと、開催したのは3自治体にとどまり、開催していないのが137自治体に上り、自治体が自ら判断するという姿勢に著しく欠けている。また、アンケ-ト質問22で、自衛隊地方協力本部との間で名簿提供に関する協定書を締結したかを問うと、締結した自治体は15で、102自治体が締結しておらず、締結を検討している自治体もわずか5つしかない。

このような実態をみると、機関委任事務の処理にあたっては「主務大臣」(中央省庁)の指揮監督に服するという旧来のあり方が、地方自治体の権限拡大を目的とした地方分権改革後の法定受託事務においても変わっていないと言わざるをえない。

自衛隊法施行令第114条ないし第120条が定める自衛官募集の実務規定は、旧機関委任事務であり現在は定受託事務とされる。しかし、住基4情報に係る名簿の閲覧と提供については、同法が定める「募集業務」に含まれるものでなく(前記3で述べたとおり)、住民のプライバシ-保護という、自治体が責任をもって行なう自治事務と解すべきである。

(3)

自衛隊地方協力本部に対して紙媒体または電子記録媒体により名簿を提供している自治体においては、住民基本台帳に記載された個人情報が、憲法第13条により保障されるプライバシー権の核心をなすものであることを踏まえ、その取扱いに関する最終的な責任は自治体自身にあるという認識が不可欠である。

このような認識に立脚する限り、本人の個別の同意を取るなどの措置により名簿提供自体が適法になされる場合であっても、名簿提供に際しては、提供範囲の限定、目的外利用の禁止、情報漏洩の防止、秘密保持義務の徹底、利用終了後の返還・廃棄の確保、違反時の契約解除等、個人情報保護の観点から実効性ある措置を講じる必要がある。とりわけ、これらの措置を制度的に担保するためには、自治体の議会における明確な意思決定、すなわち議決または承認を経ることが不可欠である。名簿提供の可否や条件を行政内部で完結させるのではなく、住民の権利に関わる重要事項として、議会の関与を通じた民主的統制の下で判断されるべきである。

結語

以上のとおり、当連合会としては、自衛隊法第97条1項を根拠として住基4情報を提供することは、憲法13条によって保障されたプライバシー権を侵害するものであるから、意見の趣旨記載のとおり、運用を改めることを求め、本意見書を発表する次第である。

【添付資料】

1 地方自治体が自衛隊に住民基本台帳の個人情報を提供することに関する調査(対象2023~2024年)の結果

2 自衛官募集関係法令(抜粋)

3 自衛官募集に関する通達その他(抜粋)

2026(令和8)年 3月26日
北海道弁護士会連合会
理事長  松 田   竜