今から50年前の1973(昭和48)年9月7日、長沼ナイキ基地訴訟において、札幌地方裁判所(福島重雄裁判長)は、原告である基地周辺住民の「平和のうちに生存する権利」(以下「平和的生存権」という)を認め、「自衛隊は憲法9条2項が禁ずる陸海空軍に該当し違憲である」として保安林指定解除処分を取り消すと判決した(以下「長沼判決」という。)。

同訴訟は、航空自衛隊が、北海道夕張郡長沼町の馬追山にナイキ地対空ミサイル基地を建設する計画を立て、農林大臣が1969(昭和44)年、森林法に基づき水源涵養保安林の指定を解除したことに始まる。これに対して、地元の住民らが保安林指定解除処分により洪水の危険性が高まったとして、自衛隊の違憲性と保安林指定解除の違法性を主張して処分取消の行政訴訟を提起した。

当時、米ソの軍事同盟が厳しく対立し、アメリカはベトナム戦争を遂行していた。このような中で長沼ナイキ基地は、ソ連が発射したミサイルを撃ち落とし、航空自衛隊千歳基地を中心とする「航空優勢を確保」するものとされた。

これに対して、札幌地方裁判所は、大学教授、軍事評論家、自衛隊高級幹部、地元農民を証人尋問するなど事実審理を尽くしたうえで、保安林解除の目的が憲法に違反する場合には森林法第26条第2項にいう「公益上の理由により必要が生じたとき」にはあたらないとし、保安林指定解除処分とナイキ基地の発射基地の設置により、有事の際には相手国の攻撃の第一目標になるため、住民の平和的生存権を侵害するおそれがあるとして、原告らの訴えの利益を認め、その請求を認容する判決をした。

この札幌地裁の裁判の過程で、札幌地裁所長による福島重雄裁判長に対する裁判内容への干渉がなされ、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立して職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」(憲法第76条第3項)と定める裁判官の独立に反するとして社会問題となった。

長沼判決に対して国は控訴した。これに対して、札幌高等裁判所は、原告と政府双方の主張・立証を尽くして証拠採否を決めると進めていたところ、突然結審し(これに対し住民らは裁判官全員に対し忌避を申し立てた。)、1976(昭和51)年8月5日、保安林に代わる洪水防止のための施設(堰堤等)が完成していることを理由に、原告らには本件保安林指定解除処分の取消しを求める利益を失ったとして、長沼判決を取消し、原告らの訴えを却下する判決を行った。また自衛隊の合憲性については、「本来は裁判の対象となり得るが、高度に政治性のある国家行為は,一見極めて明白に違憲、違法であると認められない限り、司法審査の対象ではない」という統治行為論により裁判所が判断すべきではないと判示した。

住民側は上告したが、係属した最高裁判所第1小法廷は、1982(昭和57)年9月9日、憲法判断をすることなく、原告の訴えの利益は消滅するに至ったとの控訴審判決を支持して上告を棄却した。しかし、団藤重光裁判長は、洪水の危険がなくなったとする認定判断には無理があるとして、訴えの利益の消滅の有無について審理を尽くすべきであるとし、原判決を破棄し差し戻すべきであるとの反対意見を述べた。

前述したとおり、長沼判決は、その全過程を通して、憲法9条と自衛隊の関係をめぐる憲法裁判史の観点からも、違憲審査権の行使と裁判官の独立という司法権の本質の観点からも、わが国の立憲主義実現のうえで大きな分岐点であった。

第1に、長沼判決は、憲法明文の解釈と憲法的事実の解明を、裁判所が真正面からこれに取り組み、徹底した証拠調べによる審理を実現して違憲審査権を行使したことである。このような司法権の本質的役割については、札幌高裁も一見極めて明白に違憲、違法な場合には、立法、行政の専権行為についても司法審査の対象となることを認めたことにも表れている。

第2に、憲法9条の戦争放棄・軍隊の不保持の解釈にあたって、日本が植民地支配や侵略行為によって国内外に甚大な「戦争の惨禍」(憲法前文)をもたらした深い反省に立って、憲法9条の規範的意味を立法事実に即して解釈したことである。とりわけ、実体審理に裏付けられた説得力により、憲法9条2項「戦力の不保持」の規範解釈と自衛隊の実態を比較して、「専守防衛」の自衛隊が憲法に違反するか否かを判断した判決は、今日に至るまで長沼判決以外にない。

第3に、前文と憲法9条から導かれる恒久平和主義を、統治の原理あるいは目標にとどめることなく、「戦争は最大の人権侵害」「平和あってこその人権」という理解に立って、平和的生存権の具体的権利性を認め、国民が権利として政府の戦争遂行行為を差し止めたり損害賠償を求めたりできる可能性を残したことである。この平和的生存権の具体的権利性は、自衛隊のイラク派遣を憲法9条1項違反と判断した名古屋高裁判決(2008(平成20)年4月17日)でも認められ、しかも、被害者にならないことだけでなく加害者にならないこともその内容であるとした。

第4に、憲法9条の恒久平和主義と長沼判決が示した平和的生存権は、国際的な平和と人権の発展に寄与したことである。21世紀に戦争を根絶することをめざし1999(平成11)年5月に開催された「ハ-グ世界市民平和会議」において採択された「公正な世界秩序のための10の基本原則」の第1項目は「各国議会は、日本国憲法9条のように、自国政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきである」というものである。そして2016(平成28)年11月の国連総会では国連人権理事会が起草した「平和への権利宣言」が採択され、人類の平和的未来をさし示す上で大きな役割を果たしてきた。

これに対して、現在わが国は、2015(平成27)年9月に集団的自衛権行使と自衛隊の海外での活動範囲を広げる安保法制(「平和安全法制整備法整備法及び国際平和支援法」)を制定し、2022(令和4)年12月には「抑止力」強化の名で敵基地攻撃能力の保有を内容とする国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画(以上「安保3文書」)を閣議決定し、日米の軍事同盟と自衛隊の強化を急ピッチに進めている。長沼判決当時、地対空ミサイルは専守防衛の範囲内と説明されていたが、同じ専守防衛の名で、現在は敵基地攻撃能力(反撃能力)をもつ長距離ミサイルの全国的配備が進められている。

このような事態は、憲法9条が定める恒久平和主義との乖離がよりいっそう拡大することを意味するとともに、法の支配ひいては立憲主義をますます後退させるものである。

以上のとおり、当連合会は、長沼ナイキ基地訴訟札幌地裁判決50年にあたり、日本国憲法の恒久平和主義の今日的意義を確認するとともに、司法が国民の権利擁護と法の支配に積極的な役割を果たすことを強く求めるものである。

以上

 2023(令和5)年9月7日

北海道弁護士会連合会
理事長 佐 藤 昭 彦