1. 2022(令和4)年12月、北海道檜山郡江差町の社会福祉法人が運営するグループホームで、知的障害のある入居者らが結婚や同居を望んだ際、社会福祉法人が入居者らに不妊処置を受けることを求め、入居者らがこれに応じていたという事案の報道がなされた。社会福祉法人側は入居者らから不妊処置を行うことの同意を得ていたと説明しているとのことであるが、処置を拒否してグループホームを退去した例や、入居者がパイプカット手術などを受けた例があったとの報道もある。

2. 愛する人とともに暮らし、子どもを産み育てたいという願いは、人間の根源的な願望のひとつとして、障害の有無を問わず、等しく尊重されなければならず、決して奪われることがあってはならない。

仮に本件事案において、行き場がなくなることをおそれて不本意ながら不妊処置を受けた例があったとすれば、子どもを産み育てるかどうかを自分の意思で自由に決めることができる権利、「リプロダクティブ権」が侵害され、共生社会の実現を理念に掲げる障害者総合支援法に反する事態である。

3. 我が国には、「優生思想」という誤った考え方に基づき、旧優生保護法において多くのハンセン病患者や統合失調症患者、知的障害者が不妊手術を強制されたという不幸な歴史が半世紀近く続いてきた。

同法の違憲性・違法性が主張された訴訟では、「リプロダクティブ権」を個人の基本的権利として認める判決が下されている。例えば、2019(令和元)年5月の仙台地裁判決は、「リプロダクティブ権」を「幸福の源泉となり得るもので、人格的生存の根源にも関わり、憲法上保障される個人の基本的権利だ」と認定し、「何人もリプロダクティブ権を奪うことは許されない」と強調している。

4. また、本件事案の背景として、「障害者は子どもを育てられない」といった差別や偏見が歴然と存在していること、我が国では障害者の出産と育児に対する支援制度があまりにも整っていない事実を指摘することができる。

本件事案を単なる一施設内の問題と捉えるのではなく、「リプロダクティブ権」という憲法上の権利の問題として正しく理解し、障害者の「リプロダクティブ権」の保障について、社会全体として取り組んでいかなければならない課題と位置づけるべきである。

5. 我が国が2014(平成26)年に批准した「障害者の権利に関する条約」第23条「家庭及び家族の尊重」には以下の規定がある。

締約国は、他の者との平等を基礎として、婚姻、家族、親子関係及び個人的な関係に係る全ての事項に関し、障害者に対する差別を撤廃するための効果的かつ適当な措置をとる。この措置は、次のことを確保することを目的とする。

(a) 

婚姻をすることができる年齢の全ての障害者が、両当事者の自由かつ完全な合意に基づいて婚姻をし、かつ、家族を形成する権利を認められること。

(b) 

障害者が子の数及び出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する権利を認められ、また、障害者が生殖及び家族計画について年齢に適した情報及び教育を享受する権利を認められること。さらに、障害者がこれらの権利を行使することを可能とするために必要な手段を提供されること。

(c) 

障害者(児童を含む。)が、他の者との平等を基礎として生殖能力を保持すること。

本件事案が、我が国が適切な措置を執る責務を負う、重要な基本的人権の侵害に関わる問題であることを看過してはならない。

6. 当連合会は、障害の有無に関わらずすべての国民が享受すべき「リプロダクティブ権」の尊重を強く訴え、北海道及び国に対し、本件事案の適切かつ十分な調査・措置を行うことはもとより、他の施設において同種・類似の事案がないか調査すること、障害者の出産と育児に対する支援制度を大幅に拡充することを強く求める。

また、国民に対し、本件事案を社会全体の問題として捉え、障害者に対するあらゆる差別や偏見を許さず、障害があっても子どもを産み育てることを自由に決めることができる社会を実現するための議論を深めていくことを広く呼び掛けるものである。

2023(令和5)年1月23日
北海道弁護士会連合会
理事長  坂 口 唯 彦