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声明・宣言

ハンセン病「特別法廷」と司法の責任に関する理事長声明

  1.  わが国では、1996年(平成8年)に「らい予防法」が廃止されるまでの実に90年の長きにわたって、ハンセン病患者に対する強制隔離政策が行われ、患者やその家族らは著しい差別を受け、患者は収容された療養所内でも貧困な医療しか受けられず、園内作業や断種、堕胎が強制され、抵抗する者は重監房に収容される等の重大な人権侵害が行われてきた。
     かかる強制隔離政策については、2001年(平成13年)、熊本地方裁判所において違憲判決が下され、政府はハンセン病元患者に謝罪して控訴を断念し、国会も謝罪決議を行った。2008年(平成20年)には「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が制定され、元患者の福祉の増進や名誉回復等を図る取り組みが進められているが、今なおハンセン病元患者やその家族に対する差別・偏見は根強く残されており、ハンセン病問題は未だ解決していない。
     北海道においても、「無らい県運動」の名の下に全てのハンセン病患者を強制隔離するという国策の下、500名を超える患者が道外の療養所へ収容されたことが判明しており、2010年(平成22年)に設置された「北海道ハンセン病問題を検証する会議」は、翌年に公表した検証報告書において、「ハンセン病における誤った法律、政策は、北海道においても、行政、医学界、法曹界、教育界、マスメディア等が、長い間、これを問題として自覚せずに放置した結果、患者やその家族の人生や未来に被害を与え続けた」、「このことは、広く道民に問いかけるものであり、北海道の将来のためにも、ハンセン病問題を過去の個別の事案として安易に清算してはならない」と総括している。
  2.  このような差別と人権侵害は司法の分野にも及び、ハンセン病患者を当事者とする裁判は、裁判所内の法廷ではなく、療養所や刑事収容施設に設置された「特別法廷」(隔離法廷)で行われ、極めて非人間的な差別的取扱いがされてきた。
     その最たる例は、1952年(昭和27年)に熊本県で発生した殺人事件で、ハンセン病療養所である菊池恵楓園の入所者が逮捕、起訴され、菊池恵楓園とこれに隣接する菊池医療刑務支所に設置された隔離法廷で裁判が行われた、いわゆる「菊池事件」である。
     菊池医療刑務支所は、ハンセン病患者専用の刑事収容施設で、高さ約4メートルの塀に囲まれて厳重に警備され、隔離法廷の出入口は幅約1メートルしかない等、その閉鎖性は際だっていた。法廷内には消毒液の臭いが立ちこめ、裁判官・検察官・弁護人はいずれも予防衣と呼ばれる白衣を着用し、長靴を履き、手袋を付けた上で調書や証拠物を火箸等で扱うという極めて屈辱的で非人間的な扱いがなされた。なお、菊池事件に限らず、菊池医療刑務支所内で行われたハンセン病隔離法廷(全認可件数の3割弱に当たる26件)では同様の取扱いがされていたことは、矯正医学会誌の記載や隔離法廷で刑事弁護人を務めた弁護士の回顧録等からも窺われる。
     さらに菊池事件では、被告人が公訴事実を否認していたにもかかわらず、第1審の弁護人は公訴事実を争わず、80点を超える検察官提出証拠全ての取調べに同意する等、まともな刑事弁護を受けられないまま死刑判決が下され、1957年(昭和32年)8月には上告が棄却されて死刑が確定し、1962年(昭和37年)9月14日、被告人からの第3次再審請求が棄却されたその翌日、即時抗告の機会すら与えないまま死刑が執行されるという、刑事司法手続全体を通して著しく適正さを欠くものであった。これは、ハンセン病患者へのいわれのない差別・偏見が背景にあったからとしか考えられない。
  3.  2014年(平成26年)5月、最高裁判所は、全国ハンセン病療養所入所者協議会をはじめとする元患者らの団体からの要請を踏まえ、「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査委員会」を設置して調査を開始し、翌年には有識者委員会を設置し、2016年(平成28年)4月、有識者委員会意見を添付した最高裁判所事務総局調査報告書を公表した。同報告書においては、遅くとも1960年(昭和35年)以降は、合理性を欠く差別的取扱いであったことが疑われ、裁判所法に違反し、ハンセン病患者に対する偏見・差別を助長して、ハンセン病患者の人格と尊厳を傷つけたとして、その責任を認めて謝罪している。
     これを踏まえ、日本弁護士連合会も、同年7月にシンポジウム「隔離法廷と法曹の責任」を開催し、会長が謝罪の意を表明した。
     ハンセン病隔離法廷は、ハンセン病の伝染力が強いという誤解と偏見に基づく強制隔離政策の延長線上にあるもので、憲法上の平等原則に違反し、個人の尊厳を侵害し、また、裁判の公開原則にも実質的に反しており、基本的人権の重大な侵害であることは疑いの余地もない。そして、このような司法の場における人権侵害が長年にわたって放置されてきたことは、隔離法廷に対する責任の在り方に違いはあれ、裁判所、検察庁、弁護士会の法曹三者と、隔離法廷の場を提供してきた法務省とが、それぞれの立場において調査、検証を行い、再発防止を図る責任があると言わざるを得ない。
  4.  当連合会は、これまで長きにわたりハンセン病隔離法廷の違憲性を指摘せず、ひいては、司法による人権侵害を防止、是正することができず、ハンセン病元患者やその家族に対する偏見・差別を助長してしまったことについて、改めて深く反省し、心から謝罪する。
     当連合会は、これまでも管内弁護士会や北海道、北海道社会福祉士会、及び北海道はまなすの里などの民間団体と協力共同してハンセン病問題に取り組んできたが、引き続き、元患者やその家族の方々が安心して社会で暮らせるよう全力を尽くすとともに、「特別法廷」をめぐる問題を教訓として、今後新たな人権侵害が発生した際には二度と同じような過ちを繰り返さないことを誓うものである。
  5.  当連合会は、国の関係各機関に対し、以下のとおり要請する。
    1.  最高裁判所に対し、最高裁判所事務総局調査報告書においては認めていないハンセン病隔離法廷の違憲性につき、さらなる調査、検証の実施と、そのためにハンセン病元患者を含めた第三者機関を設置し、その結果を公表するよう求める。
    2.  最高検察庁に対し、ハンセン病隔離法廷における刑事事件及び刑の執行について調査、検証し、その結果を公表するとともに、謝罪と名誉回復措置及び再発防止策を講じることを求める。特に「菊池事件」については、すみやかに再審請求を行うよう求める。
    3.  法務省に対し、ハンセン病患者を対象とする刑事収容施設及び刑の執行につき調査、検証し、その結果を公表するとともに、関係省庁と協力して、菊池医療刑務支所の保存・復元につき必要な措置をとるよう求める。
    4.  上記の各機関に対し、ハンセン病隔離法廷に関する資料を永久保存するとともに、秘匿されるべき個人情報を除いて公開するよう求める。

2018年(平成30年)2月26日
北海道弁護士会連合会
理事長  愛須 一史

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