提案理由

1 問題の所在

すべての人は、「性自認、性表現あるいは性的指向に関係なく、誰もが同じ機会を得て、差別や暴力から保護される」権利を持つ(2022年6月28日G7エルマウ・サミット首脳コミュニケ)。

2023年5月、日本が議長国となり広島でG7サミットが開催されたが、現在G7諸国の中で、性的指向や性自認に基づく差別を禁止する法律を持たない国は日本だけである。率先して人権擁護施策を打ち出すべき議長国である日本において、広島サミット開催当時、もっとも法整備がなされていなかったという実情は、恥ずべき状況と言い得る。

その日本において、岸田文雄首相は、2023年2月1日の衆議院予算委員会でいわゆる同性婚の法制化について「制度を改正すると、家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」との否定的な答弁をした。また、直後の同月3日には荒井勝喜・首相秘書官(当時)が、性的マイノリティや同性婚に関する取材に対して、「社会が変わる。社会に与える影響が大きい」「見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」「秘書官室もみんな反対する」「同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる」等と発言したと報道され、同月4日に更迭された。これらの発言は、憲法13条、14条ならびに自由権規約2条1項、17条及び26条により保障される性的少数者の尊厳と権利を根底から否定するものである。

当連合会は、このような事態を深く憂慮し、以下の通り、性的指向・性自認(以下、「SOGI」という。)に基づく差別を解消するための法整備を求める。

2 SOGI差別を禁止する法整備の緊急性

SOGIに基づく差別や暴力は現実に起こっており、本年6月にはトランスジェンダーを公表している弁護士に対する殺害予告メッセージが送付される事件も発生している。このようなヘイトクライムには生命に関わる深刻な事態に至るものもあることから、一刻も早い法整備が必要である。

法務省人権擁護機関は、「性的指向・性自認(性同一性)を理由とする/性的マイノリティに関する偏見や差別をなくそう」を強調事項として掲げ、人権啓発活動を実施してきたが、SOGI差別は解消していない。法務省によれば、SOGIに関する嫌がらせ等の人権侵犯事件は毎年9~26件(2017~2021年)新規受理されているが、LGBT当事者の約60%がいじめ被害を経験していることや約40%が性暴力被害を経験しているとの調査結果に照らせば、これが氷山の一角であることは明らかである。

特に「SOGIハラ」と呼ばれる職場におけるSOGIに基づくハラスメントは深刻であり、NPO法人虹色ダイバーシティと国際基督教大学ジェンダー研究センターが2015年以降に複数回行っている調査によると、現在の職場で性的マイノリティに関する差別的な言動を見聞きしたことがよくある・ときどきあると回答したLGBT当事者は、いずれの年の調査においても過半数を超えていた。さらに性的マイノリティであることを理由に、解雇・降格・配置転換などをされたというケースも、数多く報告されている。日本労働組合総連合会が2016年に実施した「LGBTに関する職場の意識調査」によれば、LGBTに対するこのような差別的な取り扱いを経験したこと、または直接、間接に見聞きしたことがある人は、11.4%にのぼった。またトランスジェンダーに対する採用差別も深刻であり、前述の虹色ダイバーシティ等による2016年調査においても、トランスジェンダー当事者の7割が就職・転職活動において困難を感じたことがあると回答している。

学校においても、LGBTの子どもたちは、いじめや教師の無理解からくる差別に晒されている。日高庸晴宝塚大学教授によるインターネット調査では、LGBT児童生徒の自死企図率が高いことも明らかにされており、2015~2016年には文部科学省が初等中等教育向けに配慮通知を出している。日本全国14都道府県で50人を超えるLGBTの現役・元生徒、そして、教職員と学術専門家などを対象に行ったヒューマン・ライツ・ウォッチによる2016年の聞き取り調査においても、同性愛者であることをカミングアウトしたことによる無視や暴力の被害経験などが赤裸々に語られており、地方自治体と教育委員会に対し、地方自治体のいじめ防止対策に、性的指向と性自認を明示した差別禁止条項を設けることの提言がなされている。SOGIに基づく暴力を根絶し、子どもの安心・安全をはかるためにも、法整備を進めることは緊急かつ必須である。

性暴力被害については、約40%が被害体験をもつという前述の調査結果はあるものの、被害申告がカミングアウトを伴うことから、性的マイノリティ当事者は特に被害を相談しにくく、実際には潜在化している被害がもっと多いものと考えられる。特に、トランスジェンダー当事者への差別と偏見は強く、興味本位で体を触るなどの被害について、2022年には損害賠償請求訴訟も提起されている。

3 理解増進では足りず、差別を禁止し解消を図る法律が必要であること

SOGI差別を禁止し、これを解消することを義務づける法律は、LGBTに対する理解の上に成り立つものであるから、SOGIに基づく差別禁止とLGBTに対する理解の増進は矛盾するものではない。しかし、2021年に与党・自由民主党を含む超党派議員連盟を中心にまとめられた「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律案」(以下、「理解増進法案」という。)は、「差別は許されない」という一文が入ったがために、法案提出にさえ至らなかった。

そして、2023年6月、日本維新の会・国民民主党から提案された理解増進法案について、自由民主党を含めて再修正案が提出され、可決された。

しかしながら、この再修正案は、従来の法務省人権擁護機関による取り組みの範囲を超えるものではないのみならず、「全ての国民の安心への留意」と、そのための「指針を策定する」ことも追記した。「男の子らしさ女の子らしさを勝手に決めつけない。ピンクが女の子の色という決まりはありません」という小学生向けの教育冊子をやり玉に挙げ、「国が指針を示すことで、地方や民間団体が過激な方向に走らないよう歯止めをかけ」、学校での理解増進を抑制するための法律であるかのように述べる与党議員すらいる。

このような理解増進法は、もはや理解抑制法、あるいは差別増進法というべきものであって、現在不十分ながらも行われている理解増進の取り組みにすら真っ向から逆らうものである。

差別解消のために求められる法は、個々の人々を名宛人として、差別の解消のための努力を促すとともに、国や地方自治体などの行政機関と事業者を名宛人として、差別の禁止と差別の解消のための必要な措置をとるべき義務を負わせ、SOGIに関して困難を抱えた人に対して、社会的障壁の除去に向けた合理的配慮を義務付ける内容である必要がある。

この点、人権相互の序列を生まないようにするために、あるいは複合的な差別に対応することができるように、SOGIに限らず、人種、性別、国籍、障がいの有無などに基づくあらゆる差別を禁止し、解消するための包括的差別禁止法が最終的には求められるものといえる。しかし、それまでは個別立法によって対応するほかなく、障がい者について障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)が立法されたように、少なくとも、喫緊の課題として、SOGI差別の解消を図るための法整備が求められる。

4 SOGIに基づく差別が許されないとの認識は社会で共有されていること

共同通信社が2023年3月11日から13日までに実施した世論調査では、荒井勝喜元首相秘書官の発言について「適切ではない」とする回答が88.4%を占め、同月1日の内閣総理大臣の答弁についても「適切ではない」とする回答が57.7%を占め、「適切だ」とする回答の32.2%を上回った。また、同性間の婚姻については、「認める方がよい」とする回答が64%を占め、「認めない方がよい」とする回答の24.9%を上回った。LGBT理解増進法案についても「必要だ」とする回答が64.3%を占め、「必要ではない」とする回答の24.1%を上回った。

FNN(フジニュースネットワーク)と産経新聞が合同で同月18日及び19日に実施した世論調査では、「LGBT、性的少数者に対する理解を増進する法案を、国会で成立させるべきだと思うか、成立させなくてもよいと思うか」という問いに対して、64.1%が「成立させるべき」と回答し、「成立させなくてもよい」とする回答の26.5%を上回った。朝日新聞社が、同月18日及び19日に実施した世論調査では、LGBTなど性的少数者に対する差別を禁止する法律については、「つくるべきだ」とする回答が51%、「つくる必要はない」が39%であった。

すなわち、直近の調査をみれば、SOGIに基づく差別は許されないとの認識は、社会で共有されているといえ、そのための法整備を行うことについても、広く世論の支持を得ている。SOGI差別解消のための立法を行うことに消極的なのは国会だけなのであって、多くの人々はその立法が早期になされることを求めているのである。

5 SOGI差別解消法の制定は国際的な要請であること

すでに述べたように、現在G7諸国の中で、性的指向や性自認に基づく差別を禁止する法律を持たない国は日本しかなく、経済協力開発機構(OECD)のレポートによると、性的マイノリティをめぐる法整備の状況は、日本は OECD加盟国35ヵ国中34位という現状である。

また、自由権規約委員会は、2008年以降、その定期報告にかかる総括所見の中で、繰り返しSOGIに基づく差別禁止法の制定を日本に対して勧告している。2022年10月に採択された第7回定期報告にかかる総括所見においても、性的指向及び性自認に基づく差別を禁止する明示的な法律が存在しないことに対する懸念が表明されている。

さらに、国連人権理事会の普遍的定期的レビュー(UPR)においても、日本は、10を超える国々から、差別禁止法の制定などSOGIに基づく差別解消のための措置をとるように勧告されている。

このように、SOGIに基づく差別解消法の制定は、国際社会からの要請であるといえ、その制定の遅れは、日本の人権施策の後進性を露呈する結果となり、世界から孤立することにもなりかねない。

6 結語

当連合会は、2016年に「性的マイノリティに対する差別と偏見をなくし、暮らしやすい地域を作るための制度を求める決議」を、2018年に「同性カップルの家族としての関係を法的に保障するため、婚姻制度の平等を求める決議」を、それぞれ採択し、執行した。しかし、2023年の現時点でも、性的マイノリティの人権を擁護する法律や制度の整備は進んでいない。

当連合会は、これらが整備され、性的マイノリティの人権が十分に尊重される環境が整うまで、政府及び国会に対してこれらの対応を求め続けるとともに、人権侵害の救済にむけてなお一層の努力をしていくことを誓い、標記のとおり決議する。

以 上