提案理由

1 旧優生保護法に関する歴史的な経緯

⑴ 旧優生保護法は、戦後、現行憲法下で1948年に成立した法律である。

同法は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護すること」を目的とし(第1条)、優生手術(不妊手術)及び人工妊娠中絶について規定していた。

旧優生保護法は、遺伝性疾患、知的障害、精神障害があるとされる人々に対して、本人の同意を得なくとも、都道府県優生保護委員会の審査で優生手術等を実施できると規定し、同法に基づき、障害者等に対する強制不妊手術が実施されていた。

優生手術は、精管や卵管を結紮、あるいは切断及び結紮することにより、生殖を永久に不能とする手術であった。

また、本人を麻酔で眠らせたり、病気で手術を行う等と欺罔して、優生手術等を行うことも可能とされた。

旧優生保護法は、1996年に改正され、名称は母体保護法に改められた。同改正により、「不良な子孫の出生を防止」という目的が削除され、優生手術に関する規定等が削除された。しかし、旧優生保護法が48年の間存続したことで、多数の被害が繰り返し生じた。

⑵ ナチス・ドイツは、1945年まで、「遺伝病子孫予防法」に基づき、障害者に対する不妊手術を実施していたが、ドイツは、1980年には被害者への補償を行っている。

これに対し、日本は第二次世界大戦後の1948年に旧優生保護法を成立させた。

既に1998年の時点で、国連国際人権規約委員会は日本政府に対し、旧優生保護法で強制不妊の対象となった人に補償するよう勧告していたが、日本政府は、「旧優生保護法に基づき適法に行われた手術については、過去にさかのぼって補償することは考えていない」と回答し、その後も、国連国際人権規約委員会、国連女性差別撤廃委員会から旧優生保護法に関し繰り返し勧告を受けたが、国は、旧優生保護法が合憲であるとの立場を取り続け、補償はなされなかった。

2018年1月に、仙台地方裁判所において、旧優生保護法国家賠償請求訴訟が提起され、全国各地で同種訴訟が提起された。

これらの被害者の行動を受け、ようやく、2019年4月24日、国会で「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下、「一時金支給法」という。)が成立し、旧優生保護法に基づき優生手術を受けた者等の申請により、一時金320万円が支給されることとなった。

⑶ 旧優生保護法国家賠償請求訴訟について、2022年2月から2023年3月にかけて、大阪高等裁判所、東京高等裁判所、熊本地方裁判所、静岡地方裁判所、仙台地方裁判所、札幌高等裁判所、大阪高等裁判所で、相次いで、被害者である原告(控訴人)勝訴の7件の判決が言い渡され、概ね一人当たり1500万円~1650万円程度の損害賠償が認められている。

これらの勝訴判決は、旧優生保護法が、憲法で保障された個人の尊厳、自己決定権(憲法第13条)及び平等権(憲法第14条第1項)等を侵害することを正面から認め、正義・公平の理念から除斥期間の適用を制限したものである。特に、札幌高等裁判所の2023年3月16日判決では、個人の尊厳に立脚せずに家族の構成に関する事項を制定したことにつき、憲法24条第2項違反をも明確に認定した。

原告(控訴人)及び弁護団は、原告が高齢となっていることなどから、いずれの訴訟でも上告(控訴)断念を求めたが、国はいずれも控訴・上告している。

2 北海道における優生手術の件数の多さ

⑴ 旧優生保護法に基づき、強制的な不妊手術が行われた人数は、旧厚生省統計によれば1万6475人であるが、このうち、2593人が北海道で実施された手術であり、全国の都道府県で圧倒的に最多の手術件数であり、かつ全国の手術件数の約6分の1をも占めている。

2番目に強制不妊手術件数が多い宮城県の1406人をはるかに上回っており、1000件を超えるのは、北海道と宮城県だけである。たとえば、秋田、茨城、群馬、石川、福井、山梨、京都、奈良、鳥取、佐賀、長崎、沖縄などは、旧厚生省統計では、手術件数は100人を下回る。

このように、北海道における強制不妊手術の件数の多さは突出している。

⑵ 厚生省からの要請で、都道府県が強制不妊手術の実績を増やそうとしたという背景があるが、北海道が積極的に取り組んでいたことは、1956年に北海道衛生部・北海道優生保護審査会が、「優生手術(強制)千件突破を顧りみて」と題する記念誌を発刊していたことからもわかる。

記念誌によれば、北海道では、精神障害を理由とする優生手術が多くを占めていたとされ、精神科病院での強制不妊手術も積極的に行われていた。

⑶ 「不良な子孫の出生防止」を目的とする旧優生保護法は、国が制定した法律とはいえ、北海道において突出した手術件数となっていることから、国だけでなく、北海道にも、優生思想を広めて、優生手術の件数増加を促進させ、道内での被害を拡大させた重大な責任がある。

3 一時金支給法の抜本的見直しを求めること

⑴ 長年にわたり著しい人権侵害を受けてきた旧優生保護法の被害者に対する被害回復措置として、一時金支給法の内容は極めて不十分である。この点、日本弁護士連合会は、2023年4月7日付で、「旧優生保護法国賠訴訟の被害者勝訴判決の集積を受け改めて一時金支給法の抜本的見直しを求める会長声明」を発出している。

被害者のうち、旧優生保護法国賠訴訟の原告となっているのはごく一部である。また、被害者もそれぞれ高齢となっており、訴訟の途中で死亡した原告当事者が何人もいる。これ以上、被害者らに、訴訟遂行のため過大な負担を強いることは適切ではない。早急な被害回復のためにも、国は、一時金支給法の改正を行うべきである。

⑵ 一時金支給法に基づき被害者に支払われる一時金の金額は320万円であるが、旧優生保護法国賠訴訟の勝訴判決では、一人当たり1500万円~1650万円程度の賠償が認定されている。強制不妊手術によって、永久に実子を持てないとの重大な人生被害を生じさせながら、320万円という一時金の金額はあまりに少額であり、早急に一時金の金額を見直すべきである。

⑶ また、大阪高等裁判所判決は、一時金の支給対象外とされている優生手術を受けた者の配偶者に対する慰謝料を認定した。被害者の配偶者もまた、被害者との間に実子を持てないという人権侵害を受けた当事者である。

被害者の配偶者もまた、一時金支給対象とするよう、法改正すべきである。

⑷ 旧優生保護法は、優生手術だけでなく、人工妊娠中絶に関する規定もあり、子どもを中絶させられたこと自体による精神的苦痛もまた甚大である。人工妊娠中絶を受けた者が一時金の支給対象外である点も、速やかに見直すべきである。

⑸ 加えて、一時金支給期限とされている2024年4月23日が近づいているが、2023年3月末時点で、一時金の認定件数は1047件にとどまっている。

今なお、一時金支給権があることを知り得ない被害者も相当数いると推察されるため、国及び北海道に対し、一時金の支給期限までに、余裕をもって、行政が現に把握している、また、今後更なる調査等によって知り得る被害者個人に対しては、プライバシーに配慮した個別通知を行うなど、受給権がある被害者への一時金補償の周知と手続の支援等を行うことを求める。

⑹ 上記の点を抜本的に見直し、法改正を行った上で、一時金の支給期限についても延長することを要請する。

⑺ 2022年9月、国連は、障害者権利条約に基づく第1回日本政府審査における総括所見の中で、旧優生保護法に基づく強制不妊手術等の人権侵害に関し、次のような勧告を行った。「全ての被害者が明示的に謝罪され適当に補償されるよう、申請期限を制限せず、情報を利用する機会を確保するための補助的及び代替的な意思疎通の手段とともに、全ての事例の特定と、支援の提供を含む各個人全てに適当な補償を確保するために、障害者団体との緊密な協力の上で、旧優生保護法下での優生手術の被害者のための補償制度を見直すこと。」(障害者の権利に関する条約 日本の第1回政府報告に関する総括所見、第17条に対する勧告⒜)

国及び北海道は、この勧告が示すように、全ての被害者に対する明示的な謝罪と適切な補償の実現に向けて、申請期限を撤廃するとともに、補償制度を見直し、さらに、被害者が謝罪と適切な補償を受けられるために必要な調査と対応を行うべきである。

4 根深い優生思想と課題

⑴ 旧優生保護法は撤廃されても、優生思想は決して過去のものではなく、障害者差別は根深く続いていると言わざるを得ない。優生思想は、日本政府や自治体のみならず、個人や社会が陥りやすい過ちであることを意識しなければならない。

たとえば、2001年のハンセン病国家賠償訴訟の熊本地裁判決が確定し、人権の世紀と言われる21世紀となってからも2003年にハンセン病回復者の方々が温泉へ宿泊することを拒否された事件が発生したことは、未だ記憶にあたらしい。また、2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件は、優生思想に基づいて起きた事件といえるが、犯人だけでなく、犯人の考え方や行動に同調するような言論が一部であったことについては憂慮すべきである。

全国的に見ても、精神科病院における入院患者への、暴行や性的虐待等の虐待事件が、近年、何件も発覚している。

道内では、昨年、知的障害者のグループホームで、結婚や同棲を希望する知的障害者の男女に対し施設側から不妊手術が提案され、実施されていたことが判明した。施設入所を望み、そのために、不本意ながら不妊手術に同意せざるを得ない状況があるのであれば、過去の優生手術の強制と本質的には変わらない。

同様の事例は他にも発生している可能性があり、北海道に対し、実態を解明し、道内の知的障害者等の入所施設・グループホーム等で、不妊手術が提案されたり、事実上強制されている事例がないかどうかにつき、改めて調査する必要がある。

⑵ 国及び北海道は、旧優生保護法で多数の被害を生じさせたこと、優生思想を広めたことを反省し、今後、優生思想に基づく差別・偏見が生じないよう、旧優生保護法が違憲であることを認め、被害者に対し謝罪するとともに、優生思想を除去し繰り返さぬよう、人権教育を拡充していくべきである。

5 日本弁護士連合会・当連合会の取組み

⑴ 日本弁護士連合会は、2017年に「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」を公表した。

旧優生保護法国家賠償請求訴訟が提起された後も、日本弁護士連合会は、全国一斉旧優生保護法相談会を実施し、2022年に旭川で行われた人権擁護大会では「旧優生保護法下において実施された優生手術等に関する全面的な被害回復の措置を求める決議」を行い、会長声明を発出するなどしてきた。当連合会所属の弁護士会も、全国一斉旧優生保護法相談会の電話相談会に協力した。

また、当連合会は、2023年3月20日付で、「札幌高等裁判所の旧優生保護法国家賠償請求訴訟の判決を受けて、国に対し、上告をせず、速やかに全ての被害者に対する全面的救済を求める理事長声明」を出している。

⑵ 当連合会としても、過去に、旧優生保護法の廃止に向けた取組が出来なかったことにより、被害を拡大し、北海道で最多の被害を生じさせてしまったこと、旧優生保護法廃止後も、この問題に目を向けることが出来ず、被害者の救済に時間を要する等本問題に関する取組が不十分であったことにつき、法律家団体として、率直に反省しなければならない。

当連合会は、旧優生保護法による被害の全面的な回復が実現するよう、日本弁護士連合会や旧優生保護法国家賠償請求訴訟弁護団をはじめとする当事者団体とも連携しながら、今後も障害者の人権問題に真摯に取り組む所存である。