提案理由

第1 はじめに

  1.  罪を犯していないにもかかわらず犯罪者として人を罰するえん罪は、えん罪被害者の人格を否定するのみならず、人生をも破壊する。
     えん罪は、刑事司法の正当性を根底から失わせるものであり、決してあってはならないことであるが、万一誤りがあった場合には、速やかに救済されなければならない。
     えん罪被害者の救済のための手続を定めているのが、刑事訴訟法の第四編「再審」の規定である。
  2.  現行の刑事訴訟法は、個人の尊厳を最高の価値とする日本国憲法に刑事手続における人権保障などが定められたことに伴い、1948年に大幅な改正がなされた。通常審については、職権主義的訴訟構造を基調とする旧刑事訴訟法からの全面的な改正が行われたのである。
     「再審」についても、日本国憲法が二重の危険の禁止を定めたことに伴い、不利益再審に関する規定を削除して利益再審のみを認めたことで、再審がえん罪被害者を救済するためだけの制度であることが明確になったといえる。
     しかしながら、当時、刑事訴訟法の全面的な改正のなか、「再審」に関する改正は、僅かこの一点にとどまり、他の規定は、その後も改正がされないまま、今日に至っている。旧刑事訴訟法の制定から起算すると、100年以上が経過しているということになる。
  3.  現行の刑事訴訟法には、再審に関する規定が僅か19か条しかない。
     そのため、いわば「再審のルール」がほぼ存在しない状態であり、請求権者が亡くなった場合の承継に関する規定や再審請求手続において取り調べられた証拠が、再審開始決定後の再審公判にどのように引き継がれるかについてさえ、規定が存在していないし、証拠開示に関する規定も存在しない。
     その結果、再審手続をどのように進行していくかについては、個々の裁判体の広範な裁量に基づく訴訟指揮に完全に委ねられていて、審理の適正性や公平性が制度的に担保されていない。
     諸手続に関する規定が十分に整備されていない現状では、えん罪被害者の救済のための制度としての再審が機能不全を起こしていることは明らかである。早急に法改正がなされるべきである。

第2 再審事由の緩和・拡大

  1.  実際に再審請求がなされる事件の多くは、現行の刑事訴訟法435条第6号を理由とするものである。同号では、再審開始のためには、無罪を言い渡すべき「明らかな証拠」が必要とされている。
  2.  この新証拠の明白性判断に関し、最高裁白鳥決定は、「確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである」と判示した。
     これを受けた最高裁財田川決定は、「この原則を具体的に適用するにあたっては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもって足りると解すべきであるから、犯罪の証明が十分でないことが明らかになった場合にも右の原則があてはまる」と判示した。
  3.  白鳥決定・財田川決定は、このように、新証拠の明白性の判断に際しても、「疑わしいときは被告人の利益に」の原則が適用されること、確定判決の事実認定につき合理的な疑いを生じさせることができれば明白性が認められること、その明白性の判断方法が新旧証拠の総合評価・再評価によることを明確にした。
     しかし、その後の裁判例を見る限り、無罪を言い渡すべき「明らかな」証拠という文言から明白性を厳格に解釈したためか、白鳥決定・財田川決定が定めた判断枠組みが適切に用いられておらず、えん罪被害者の救済に必ずしも繋がっていない例が散見される(マルヨ無線事件、名張事件のいずれも第5次再審請求の即時抗告審・特別抗告審、大崎事件の第3次再審請求の特別抗告審・第4次再審請求の即時抗告審など)。
  4.  よって、白鳥決定・財田川決定の趣旨を明文化するべく、現行の刑事訴訟法435条6号の「明らかな証拠」を「事実誤認があると疑うに足りる証拠」と改正し、再審事由の緩和ないし拡大を図るべきである。

第3 証拠開示制度の創設

  1.  確定判決において有罪認定の判断を受けたえん罪被害者が、雪冤を果たすための証拠を新たに収集することは容易ではない。
     捜査機関の手元に保管されている証拠のうち、確定審で請求された証拠は一部に留まっているし、特に、通常審において類型証拠開示や主張関連証拠開示が制度化された2004年以前の事件では、当時の弁護人といえども、捜査機関から十分な証拠開示を受けることができなかったためである。
     2016年の刑事訴訟法改正により、通常審については、証拠一覧表の交付制度が新設されるなど、証拠開示の制度化がいっそう進められたのとは対照的に、再審における証拠開示制度については、再び手付かずのまま残されてしまった。改正附則9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠開示…について検討を行うものとする。」とされたものの、現在まで再審請求手続における証拠開示制度が創設される目途は全く立っていない。
     そのため、証拠開示は、裁判体の広範な訴訟指揮に委ねられており、実際の事案においても、証拠開示に関して全く判断を示さない裁判体がいる一方で、証拠リスト作成・開示要請や証拠開示勧告を行う裁判体もいるほか、さらに踏み込んで検察官に対して証拠開示命令まで行う裁判体もある。
     証拠開示に関する規定が存在しないために、審理の適正性が制度的に担保されていないばかりか、係属する裁判体による差があまりにも大きく、判断の公平性や安定性を欠く結果をもたらしている。
  2.  1985年に発生した殺人事件である松橋事件では、弁護人が再審請求前に検察庁に赴いて捜査機関に保管されていた証拠物を閲覧したところ、確定審の被告人が、当時犯行に使用した後に焼損した旨を自白していた「シャツの左袖」が発見された。
     松橋事件においては、その後、再審請求が申し立てられ、再審請求審による証拠開示勧告なども奏功した結果、再審開始決定が導かれ、再審公判で元被告人の雪冤が果たされた。
     えん罪被害者の速やかな救済のためには、このように再審請求前であっても、捜査機関が保管している証拠開示を受けることが極めて重要なのであり、このような法改正がなされなければならない。
  3.  また、本年2月に即時抗告審において再審開始決定が維持された日野町事件は、1984年に被害者が行方不明となり、翌年に死体で発見され、その後手提げ金庫も発見された強盗殺人事件である。この日野町事件の第二次再審請求審において、元被告人が金庫発見場所への引当捜査の際に撮影されたネガが開示された。これにより、実況見分調書添付の写真の順番が大きく入れ替えられていたことが発覚したことなどを契機として再審開始決定が導かれた。
     さらに、同じく本年3月に再審開始決定が出た袴田事件は、1966年に発生した強盗殺人・現住建造物放火事件であるが、裁判所の積極的な訴訟指揮により、「5点の衣類」を含む600点以上の証拠開示がなされ、再審の重い扉が開かれるに至った。
     加えて、1979年に発生したとされる殺人・死体遺棄事件である大崎事件では、通常審において証拠一覧表の交付制度が導入される前の2013年7月に、第二次再審請求の即時抗告審の裁判体が検察官に対し、検察庁の保管書類の標目の開示等を求める書面による証拠開示勧告を行った。
     このように、証拠開示について何らの制度的担保がない現状においては、裁判体の訴訟指揮の在り方が再審開始決定に直結するともいえる事態となっているのであるから、再審手続における証拠開示制度の創設が急務である。
  4.  2020年に再審公判で殺人事件の事件性が否定されて無罪判決が確定した湖東事件では、再審公判を担当した裁判長が、再審公判の中で開示された多数の証拠のうち、一つでも適切に開示されていたならば、請求人が起訴さえされなかった可能性にまで言及した。
     えん罪被害者の速やかな救済のためには、再審請求の請求人ないし再審請求をしようとする者が、早期の段階から証拠開示を受けられることが必要であるから、再審請求手続の中で証拠開示がなされることは勿論のこと、再審請求の申立て前であっても、全面的な証拠開示を受けられるよう法改正がなされるべきである。

第4 検察官の不服申立ての禁止

  1.  裁判所が確定判決の有罪認定に対して合理的な疑いが生じたと認めて再審開始の決定をしても、検察官が不服申立てを行う結果、再審請求手続が長期化する事例が相次いでいる。
     検察官の不服申立てにより、再審開始決定が覆った事案があるほか、再審開始決定が維持されたとしても、その判断がなされるまでに相当長い時間を要した事案もあり、あらゆる意味でえん罪被害者の速やかな救済が妨げられている。
  2.  実際、大崎事件において、初めに再審開始決定が出たのは、第一次再審請求審である2002年であり、事件から23年が経過していた。この再審開始決定に対し、検察官が即時抗告を申し立てたことで、即時抗告審で判断が覆された。その後の第3次再審請求では、2017年に再審請求審が再審開始を決定し、即時抗告審でこの判断が維持されたにもかかわらず、2019年に特別抗告審(最高裁)が再審開始決定を覆している。3度もの開始決定が出されたのは、大崎事件だけであるが、事件から既に44年が経過しているのに、検察官の不服申立てにより、未だ再審公判に進むことができていない。
     1961年に発生した殺人・殺人未遂事件である名張事件は、事件から44年が経過した2005年、第七次再審請求審で漸く再審開始決定が出たにもかかわらず、検察官の不服申し立てにより即時抗告審で判断が覆されている。
     さらに、袴田事件と日野町事件については、本年の2月と3月に即時抗告審(袴田事件においては差戻しの即時抗告審)の判断が出たものの、これまでに、再審請求審での再審開始決定から、それぞれ約9年、約4年半もの年月が経過しているほか、日野町事件については、検察官が特別抗告を申し立てたことにより、未だ再審公判に辿り着くことができていない。
  3.  不利益再審の規定が削除された現行の刑事訴訟法においては、再審は、えん罪被害者の救済のためだけの制度であることが明確にされた。
     検察官の公訴権は、確定審での有罪判決の確定により、既に消滅しているのであるから、再審請求手続において、検察官の手続関与自体は認められるとしても、通常審で行われるような積極的な主張・立証等が検察官に求められているわけではない。
     再審請求手続と再審公判の2つから成っている再審において、再審請求手続は、再審無罪判決を得る可能性があるかという見込みの判断をするに過ぎないのであるから、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認める必要などない。検察官は、再審開始決定が確定した後に開かれる再審公判において、確定判決による有罪の事実認定が正当であることを改めて主張・立証すればよいのである。
     このことは、付審判請求(刑事訴訟法262条)の場合と同様といえる。裁判所が付審判の請求に理由があると判断し、事件を管轄地方裁判所の審判に付する旨の決定をしたときは、その事件について公訴の提起があったものとみなされる(刑事訴訟法266条2号、267条)。最決昭和52年8月25日は、この決定に対しては、被告事件の訴訟手続において、その瑕疵が主張できることを理由に、特別抗告をすることはできないと判断したのであるが、この趣旨は再審請求手続においても妥当する。検察官は、再審開始決定に対して不服があったとしても、その後に開かれる再審公判においてその瑕疵を主張することができるのであるから、再審開始決定に対する不服申立てを認める必要などないのである。
     なお、現行の再審法の原型となったドイツ刑事訴訟法においても、1964年の法改正により、再審開始決定に対する検察官による不服申立てが禁止されたほか、通常審でも一般的に検察官による不服申立てを認めていない英米法諸国はもとより、大陸法諸国でも再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認めていない立法例が多くみられる。
  4.  えん罪被害者の一刻も早い雪冤を実現するため、再審開始決定に対する検察官による不服申立てを禁止する法改正を速やかに行わなければならない。

第5 再審請求権者の拡大

  1.  一般に、再審請求の申立てを行い、再審開始決定を受け、再審公判で無罪判決が確定して雪冤が果たされるまでには、相当の時間を要する。
     それは、再審開始事由として、無罪を言い渡すべき「明らかな証拠」が必要とされ、証拠の明白性が厳格に解釈されていることから審理が長期化することに加え、再審の申立て前には証拠開示を受けることができず、新規かつ明白な証拠を揃えた再審請求が容易ではないという点にも要因がある。また、再審請求手続において証拠開示が制度的に担保されていないことから、証拠開示を巡る攻防にも時間を要することになるし、いったん再審開始決定を得たとしても、検察官による不服申立てが禁止されていないことから、再審公判が開始されるまでにも、相当の時間を要するということも要因である。
  2.  そのため、再審の審理が長期化し、えん罪被害者の速やかな救済が妨げられている中で、大崎事件の元被告人は現在96歳となり、袴田事件の元被告人や請求人である姉も高齢となっている。
     名張事件や日野町事件では、元被告人は既に亡くなっていて、親族が請求人となって改めて再審請求を行っているものの、名張事件の請求人である元被告人の姉も既に90歳を超えている。
     えん罪被害者や家族(遺族)の救済には、一刻の猶予も無いのである。
  3.  しかし、現行の刑事訴訟法には、再審の請求人死亡の場合における受継の手続は定められておらず、実際、日野町事件や名張事件は請求人であった元被告人の死亡により、再審手続が終了となり、親族が請求人となって、一から再審請求の申立てを行っている。
     これは、訴訟経済に反するし、何よりもえん罪被害者の救済をいっそう遅らせるものであり、迅速な裁判の要請(憲法37条1項)にも反する。
  4.  したがって、再審請求権者の拡大のための法改正を行うことは喫緊の課題である。

第6 国選弁護人制度の創設

  1.  日本国憲法34条前段及び37条3項前段では、基本的人権の一つとして、弁護人依頼権が保障されている。これは、被疑者・被告人が通常、法律の素人であることを考えると、法律の専門家である弁護人による援助を受けないまま、法律的・事実的な主張を展開し、自己の権利を実現することが困難であることによるものである。
     このことは、通常審と同様に、再審であっても変わるところはない。再審がえん罪被害者の救済のための制度であることからすると、確定判決の有罪認定の誤りの可能性を追及するためには、弁護人の積極的な関与が望まれるというべきである。
  2.  刑訴法440条には、検察官以外の者による再審請求の場合、請求人は弁護人を選任することができる旨の規定がある。そのため、弁護人も再審手続に関与できるとはいえ、国選弁護制度がないことから、現在の弁護人は、全て私選弁護人である。
     しかし、えん罪被害者の多くは、長期間の身体拘束におかれていて、経済的に余裕がないことが通常である。そのなかで、確定判決の誤りを正し、雪冤を果たすための費用までも負担することを余儀なくされるというのは、さらなる人権侵害であるといえる。
  3.  したがって、再審においても、弁護人依頼権が空文化することのないよう、通常審と同様に、国選弁護制度が設けられるべきである。

第7 最後に

当連合会は、国に対し、刑事訴訟法中の再審請求手続に関する部分を速やかに改正し、無辜のえん罪被害者が、誤った判断から一日でも早く救済されるための抜本的な改正を強く求める。

以 上