提案理由

1.新型コロナウイルス感染症の拡大と弁護士としての責務

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2020(令和2)年以降、世界中の人々の生活に甚大な影響を及ぼしています。

我が国においても、感染拡大防止を理由として、外出自粛及び営業自粛等を余儀なくされ、我が国の経済活動は停滞しました。資金繰りが悪化したり、収入が減少したことにより負債を増加させた事業者や給与所得者も多数おり、雇用情勢が悪化し、新型コロナウイルス感染症拡大前の状況には戻っておりません。経済的苦境に陥る事業者や給与所得者が多く生じたことで、市民の中でとりわけ非正規雇用者、低所得者、ひとり親世帯といった社会的・経済的弱者がさらなる大きな打撃を受けました。加えて、新型コロナウイルス感染症の影響により業績が悪化したことを理由にした従業員の解雇や内定取消等といった労働問題も多く発生しました。

このような中、2019(平成31・令和元)年までは全国的に減少傾向にあった自死者数が2020(令和2)年に前年比増加に転じ、2021(令和3)年もほぼ前年と同様の自死者数となりました。また、家庭内ではドメスティックバイオレンスの被害が増加したとの指摘がなされています。失業率を見ても全国的に悪化しており、特に北海道については全国平均を上回る状況が続いていた中で、新型コロナウイルス感染症の影響により一層悪化した事実が認められます。新型コロナウイルス感染症の拡大に起因する経営難から倒産に至った事業者も多く、特にここ北海道では、観光業・飲食業関連の事業者が大きな打撃を受け、今もその影響は続いています。

新型コロナウイルス感染症に起因して市民の方々が抱えることとなった法的諸問題に対処するため、北海道内の各弁護士会(旭川弁護士会、釧路弁護士会、札幌弁護士会、函館弁護士会)は、各弁護士会の法律相談センターにおいて、新型コロナウイルス感染症を原因とする法律問題等の無料相談を受け付け、「全国一斉新型コロナウイルス感染症生活相談ホットライン」における電話相談などを実施してきました。また、自然災害債務整理ガイドラインの新型コロナウイルス感染症への適用が開始されたことを受け、登録支援専門家向けの研修を実施するなどの対応態勢を整備してきました。弁護士の本分たる日常的な法律業務に関しても、当連合会では、弁護士一人ひとり、個々の法律事務所、各弁護士会が、感染防止対策に力を入れつつ業務を継続し、市民の方々が引き続き安心して弁護士に相談できる環境づくりにも注力してきました。そうして新型コロナウイルス感染症が拡大するさなかであっても、市民の司法アクセスに特段の支障を来さないよう努めてきました。

当連合会は、新型コロナウイルス感染症がまん延し、それに起因する様々な法的課題や人権問題に対し、今後も、社会全体に生じている困難のしわ寄せが、市民一人ひとり、特に社会的に弱い立場にある者に押しつけられることのないよう、そして市民一人ひとりの基本的人権が不当に侵害されることがないよう不断の努力を重ね、市民の方々に寄り添い、市民の基本的人権を擁護し、社会正義を実現するという弁護士としての職責を全うしていく決意を表明します。

2.コロナ禍における差別や偏見の問題とその解消に向けた取組み

新型コロナウイルス感染症のまん延により、全国各地で、新型コロナウイルスの感染者や医療関係者、福祉施設関係者及びその家族や関係者に対する誹謗中傷がなされたり、感染者が確認された施設等に対する非難や、医療関係者等の子どもの通園・通学が拒否されるという出来事、感染者のプライバシーが侵害の危険にさらされる事態が生じ、さらにはこれらの行為を誘発あるいは容認する言動なども多く見られました。感染者や医療関係者、福祉施設関係者等及びその家族、関係者などが差別や偏見の対象とされるいわれはなく、誹謗中傷等を受ける理由は一切認められません。また、ワクチン接種に関しては、市民一人ひとりの信条と自己決定権を尊重するとともに、接種を希望しないという選択にも十分配慮がなされなければならないにもかかわらず、接種を希望しない人々に対する差別が懸念される事態も生じました。これらの問題は、一時期に比べるとやや沈静化したように思われますが、変異によりウイルスが強毒化する等感染拡大当初のような強い不安感が再び社会に広まった場合には、さらなる重大な人権問題を引き起こすおそれがあり、未だ問題が解決したとはいえません。

新型コロナウイルス感染症を原因とする偏見や差別は、日本国憲法によって保障されている市民一人ひとりの基本的人権、特に個人の尊厳及び人格権(憲法第13条)を侵害し、法の下の平等(憲法第14条)に反するものであり、決して許されるものではありません。過去においては、感染病患者、特にハンセン病について、その患者は一般社会からの隔離が必要であるとの誤った理解と認識のもと、ハンセン病患者及びその家族に対する差別意識が形成され、あからさまな差別がなされたことがありました。そのことに対する深い反省のもと、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」といいます。)で定められているとおり、過去にハンセン病等の患者に対するいわれのない差別や偏見が存在した事実を重く受け止め(同法前文)、感染症の患者等の人権が損なわれることがないようにしなければなりません(同法第4条)。

札幌弁護士会では、2020(令和2)年11月2日付け会長声明(「コロナによる差別を許さない」)や2021(令和3)年5月3日付け会長声明(憲法記念日にあたっての会長声明)において、医療従事者やその家族への差別があること、感染者への差別があることなどを指摘し、差別のない社会を実現する決意を表明し、また、他者への配慮、人権尊重の精神を一人ひとりが失わないようにすることを呼びかけました。

当連合会は、これからも、新型コロナウイルス感染症に関する偏見や差別に対して厳しい目を向け続けていきます。また、地方自治体や各種行政機関・教育機関等とも連携を図りながら、市民に対する正しい法的知識の周知や人権意識の涵養、差別や偏見等の防止に向けた啓発のための活動を行ってまいります。そうして、社会が分断されることなく、市民一人ひとりの意思や選択、置かれた立場が尊重され、すべての市民が安心して共生できる社会を目指していきます。

3.新型コロナウイルス感染拡大防止のための各種制限に対する注視・提言等

新型コロナウイルス感染症の完全な終息が見通せない中、新型コロナウイルスの感染拡大を防止し、市民の生命・身体を守ることを目的として、今後も、市民の行動の自由やその経済的活動の自由が制限される場合がありえます。しかし、これらの制限をする場合には、その必要性と、それによって生じる市民の生活への影響について慎重な検討が必要であり、その上で、憲法が定める基本的人権の尊重に則った対応がなされなければなりません。

2021(令和3)年2月には、前記「感染症法」及び「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が改正され、入院措置に応じない新型コロナウイルス感染者や営業時間短縮の要請等に応じない事業者に過料を科すことができるとされました。しかし、これらの改正は、罰則規定の恣意的運用を招いたり、差別や偏見を助長するおそれがあるため、その運用を注視する必要があります。函館弁護士会では、2021(令和3)年2月2日付け会長声明(「感染症法・新型インフルエンザ特措法の改正案の見直しを求める会長声明」)において、前記「感染症法」及び「新型インフルエンザ等特別措置法」の改正案が国会で審議されている際、感染者の基本的人権を軽視するものであること、まん延防止等重点措置に恣意的な運用の危険があること等を指摘し、改正案の見直しを求める提言をしました。

私達は、新型コロナウイルスの感染拡大防止を理由として市民の自由及び権利に対する不当な制約がされることのないよう、今後も各種立法の運用及び行政上の各措置に対して厳しく目を向け続けるとともに、立法・行政に関する提言等を行います。

4.最後に

当連合会は、そして北海道内の弁護士一人ひとりは、コロナ禍においても市民に対して法的サービスを提供するという弁護士の本分を全うするため、数々の努力を重ねてまいりました。

現在も新型コロナウイルス感染症は終息の見通しが立たず、新型コロナウイルス感染症に起因してもたらされた法的課題や人権問題が消失したわけではありません。今後新たな問題が発生することも予想されます。また、感染者や医療従事者に対する差別等の人権侵害が再び起こることのないよう、これからも注視していく必要があります。

私達は、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士としての使命を全うするため、新型コロナウイルス感染症に起因してもたらされる様々な法的課題・人権問題に対して、これからも、市民の視点に立ち、市民に寄り添い、引き続き積極的に取り組むことを改めて確認して決意し、標記のとおり宣言します。

以上