提案理由

1.消費者教育を推進すべき責務

2012(平成24)年12月に施行された消費者教育の推進に関する法律では、国全体の政策的課題として消費者教育が明確に位置付けられ、その推進は国及び地方公共団体の責務であることが明文化された。これを受けて、2013(平成25)年6月28日に閣議決定された「消費者教育の推進に関する基本的な方針」(2018(平成30)年3月20日に改定。以下「基本方針」という。)においても、国及び地方公共団体は、関係機関との連携・協働の下で消費者教育推進の施策を実施する責務があると明示された。

具体的には、市町村は、より住民に密着し地域の特性に合った内容や手法を用いることで隙間のない消費者教育の機会を提供することが期待され、都道府県は、広域的な観点から管内の市町村の取組みを支援し、あるいは市町村間の格差を埋めることによって消費者教育の水準を確保し、そのために、国は、各都道府県、そして市町村による消費者教育の実施にあたって予算上の問題がないように、財政面での援助を行うことが求められている。

ここでいう消費者教育とは、学校教育の課程にとどまるものではなく、地域、家庭及び職域等も含め、人のライフステージに応じた様々な教育の場を活用し、幼児期から高齢期までの各段階に応じて体系的に行われるべきものである。完全な自給自足で生活しない限りは誰もが一消費者であって、毎日、子どもから大人までさまざまな消費活動が繰り返されている。誰もが、商品・サービスの選択から契約に至る一連の過程を日常的に経験しており、そこには私法の基本的な考え方(私的自治の原則に基づく契約自由の原則など)があり、契約を締結すると、原則として契約者はその契約内容に拘束される。商品やサービスの必要性を自ら考え、損益を適切に検討し、私法の基本原則に沿った有効な取引を成立させるためには、基本的な法知識を学び、理解を深めることが必要となる。

これまでも弁護士及び弁護士会は、消費者教育を積極的に推進してきたものであるところ、当連合会は、国、北海道及び道内各市町村に対し、消費者教育に関する各種施策の拡充を求めるものである。

2.若年者に対する消費者教育の重要性・緊急性

(1) 成年年齢の引下げ

2022(令和4)年4月1日に施行された民法の一部を改正する法律(以下「改正民法」という。)によって、成年年齢が18歳に引き下げられた。民法では、未成年者が契約などの法律行為をする際には法定代理人の同意を要するものとして被害の予防が図られ、仮に不当な契約をしてしまっても、同意なき法律行為であれば取り消すことを可能としている。何よりも、未成年者取消権は、違法・不当な契約を勧誘する事業者への強い抑止力となり、悪質商法から若年者を守る防波堤の役割を果たしている。このような未成年者保護の制度により、これまでは、18歳や19歳の若年者についても悪質商法の被害から保護されてきた。しかし、これからは高校生を含む18歳や19歳の若年者が防波堤の外でさまざまな悪質商法に狙われ、消費者被害が急増するおそれがある。

改正民法が成立した際、参議院法務委員会における全会一致の付帯決議では、知識、経験、判断力の不足など消費者が合理的な判断をすることができない事情を不当に利用して勧誘し契約を締結させた場合における消費者の取消権(いわゆるつけ込み型不当勧誘取消権)を創設することや、若年者の消費者被害を防止し救済を図るために必要な法整備を行うことが求められたものの、いずれも実現されないまま施行に至った。このような法整備の遅延は到底看過できるものではなく直ちに対応されるべきであるが、この現状下でも為し得ることとして、当連合会としては、国、北海道及び道内各市町村に対し、若年者の消費者教育に対する格別の配慮を求めるものである。

(2) 金融サービスの多様化と債務超過の懸念

最近ではさまざまな支払手段があり、現金の直接交付や銀行振込等ではなく、プリペイド(前払い)、デビット(即時払い)、クレジット(後払い)等のキャッシュレス決済が普及している。中には後払いのプリペイドカードや、携帯電話の通信料と合算して請求するキャリア支払いなど、その仕組みは複雑化して非常に分かりにくく、利便性に惹かれて多用するうちに収支のバランスを崩す危険性を内包している。また、インターネットによる通信販売のプラットフォームでは、商品購入後の一定期間支払いを猶予するサービスも多様に存在するが、これらを安易に利用すると、忘れた頃に次々と期限が到来して支払いに窮することとなる。さらに最近ではテレビコマーシャルなどによって、消費者金融が若年者に親近感を抱かせるイメージを作り上げ、24時間借入れ可能、初回の一定期間内は無利息等のサービスによって容易に借入れができるようになっている。このように、社会経験や収入の乏しい若年者(若い社会人や学生など)でもクレジットや消費者金融など複数の会社を利用すれば高額の取引や借入れが可能であり、支払不能に陥る危険性が増しているのが現状である。

よって、若年者には、金融についての基礎的な知識のみならず、さまざまな支払手段や借入れの際の注意点について情報を提供し、安易に多用して収支のバランスを崩すことのないよう、適正な金銭感覚を育てる消費者教育が必要かつ急務である。

(3) 特定商取引法の書面電子化

特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)では、これまでは被害の予防と救済のために厳格な書面交付義務が規定されていた。しかし、2021(令和3)年6月には、消費者の承諾があれば契約書面等を電子データで交付することを可能とする改正法が成立し、2023(令和5)年6月までに施行されることとなった(以下「書面電子化」という。)。これは消費者保護からの明らかな後退である。

2023(令和5)年以降、デジタル機器に慣れ親しんだ若年者は、取引の内容が詳細に記載された契約書面等を電子データで受領することを承諾し、書面では受領しなくなることも予測される。しかし、電子データで受領した契約書面は、たとえばスマートフォンのような小さな画面では閲覧しにくく、詳細な内容を正確に把握することは非常に難しい。仮に、その中に不利益な事項が記載されていても、電子データの膨大な情報量に埋もれてしまって気づかないことも容易に想定される。

そもそも若年者の場合は、店頭などで契約書面等を取り交わす一般的な契約であっても社会経験や契約知識の不足から不測の損害を被るおそれがあるところ、訪問販売やマルチ商法といった消費者被害が多発する取引類型において、契約書面等の電子化を安易に承諾し、目に見える書面を受領せず電子データで済ませてしまうことは非常に危険である。また、契約書等の重要性を認識していなければ、電子データを保管せず削除してしまうこともある。

しかし、消費者教育において、契約書等の重要性や証拠を確保すべき必要性を学べば、書面電子化を安易に承諾することを防ぐこととなり、あるいは承諾しても、受領した電子データを削除せず保管しておく必要性が適切に認識されるものと期待される。

(4) 高等教育機関進学前の段階における若年者への消費者教育の重要性

消費者教育には、自らが被害に遭わないための基本的な知識のみならず、トラブルに巻き込まれた場合にそれが被害であると気づくこと、どこに相談すればよいのか、どのように対処すべきか、さらには身近な人の被害にも気づき、適切な救済へと繫げるための情報も含まれる。社会経験の乏しい未成年者や成人したばかりの若年者には、机上の知識にとどまらず、具体的な事案において被害を認識することや、適切な相談や救済に向けた社会的な知識や情報を得る機会を提供することが必要である。この点、社会の多方面で活動し、さまざまな事例に対応している弁護士の連携・協力は非常に有効であると考える。

2021(令和3)年12月22日に公表された文部科学省の「令和3年度学校基本調査(確定値)」によれば、高等教育機関(大学(学部)・短期大学(本科)入学者、高等専門学校4年在学者及び専門学校入学者)への進学率は83.8%となっているところ、北海道で生まれ育つ者は、大学や専門学校へ進学する際に市町村の実家を離れ、道内外の都市部において一人暮らしを始めることも多い。適切な消費者教育を受けていなければ、このような若年者が自分では被害に気づかず、あるいはどこに相談すればよいのか、どう対処すればよいのか分からず悩んだまま、被害を深刻化させる事態も懸念される。

よって、当連合会としては、道内各市町村及び各教育機関等と連携を図りながら、地域社会における消費者教育の実践に積極的に取り組むものである。

3.弁護士会による取組み

(1) 北海道弁護士会連合会

当連合会は、2021(令和3)年9月11日、第63回日本弁護士連合会人権擁護大会プレシンポジウム「超高齢社会を安心・安全に暮らしていくために~消費者被害の予防と救済を考える」を開催した。弁護士だけではなく、全道の消費者問題に関わる自治体や全道各地の消費者協会から多数の参加があり、消費者被害の予防と救済のために行政と民間・市民一人一人が連携するための方策についての活発な情報・意見交換がなされた。このシンポジウムでは、北海道士別地区広域消費生活センターで推進している消費者教育の報告があったほか、札幌市で作成した消費者教育の教材を他の地域にも提供可能であることが説明されるなど、北海道における消費者教育の充実を検討する貴重な機会となった。

これを踏まえ、2021(令和3)年11月8日、当連合会は、道内4弁護士会と共同で、「超高齢化・デジタル社会においても安心して暮らせるよう、消費者被害の予防と救済に実効性ある施策を求め、弁護士及び弁護士会が重要な役割を果たすことを宣言する共同声明」を発出した。

この共同声明では、超高齢化・デジタル化が進行する中、誰もが安心して暮らせる社会、悪質商法に騙されることなく商品やサービスを適切に消費できる社会の実現を目指し、国・北海道・道内各市町村に対し、必要な施策の実施や、成年年齢引下げを踏まえた消費者教育の充実などを求め、弁護士及び弁護士会が積極的に関与・協働し、消費者被害の防止と救済において重要な役割を果たしていくことを宣言した。

さらに、当連合会は、2017(平成29)年度から、「訪問取引お断りステッカー」を作成し、全道各地で広く配布している。このステッカーは、北海道消費生活条例第16条第1項に基づき、消費者が訪問販売の勧誘を拒否する意思表示の手段となるほか、道内各地の市民講座や高校生への出前講座等における消費者教育のツールとしても活用されている。

(2) 各弁護士会

旭川弁護士会では、高校生を対象とした裁判員裁判の模擬授業を長年にわたり開催している法教育プロジェクトチームと連携をとるなどして、消費者部門についての法教育の取組みも進めていきたいと考えている。

釧路弁護士会では、消費者保護委員を中心とした有志が、地域の消費者団体等を対象として、被害予防講座等を提供してきた。管内の大学・短大・高校等においても、消費者金融からの借入れ、クレジットカードの仕組等、社会人になった後に経験する可能性のある身近な問題を取り上げた授業を行ってきた経験もある。また、法教育委員会を中心に、管内の学校との連携を積み重ねてきた実績もあり、今後、地域社会において、幅広い年齢層へ向けた消費者教育に取り組む素地が形成されている。

札幌弁護士会では、消費者保護委員会が長年にわたり高校生を対象とした消費者教育の出前講座を提供し、法教育委員会では、中高生を対象としたジュニアロースクールを開催するなど、刑事・民事に関わる分野における法教育を提供しており、2021(令和3)年度には「法教育拡大プロジェクト」を展開し、札幌地裁管内の学校(小中高大)、各種団体、自治体等(総計751)に法教育の取組みを広く紹介した。

函館弁護士会では、子どもの権利と法教育に関する委員会がジュニアロースクールを開催し、刑事民事に関わる法教育を提供しており、今後、消費者部門についての法教育の取組みを進めていく予定である。

4.結語

以上のとおり、関係機関と連携・協働して消費者教育を推進することは国及び地方公共団体の責務である。

そして、成年年齢の引下げや金融サービスの多様化とこれに伴う支払不能の懸念、2023(令和5)年施行される書面電子化の問題点を踏まえるに、消費者教育を推進すべき必要性は明らかであって、特に若年者の消費者教育に対する格別の配慮は喫緊の課題といえる。

このような現状における消費者教育としては、社会的な知識・情報を含め、具体的な事案に即した実践的な教育が必要であり、消費者被害の救済や社会の多方面で活動する弁護士こそが積極的に関与すべきものである。基本方針においても、消費者教育における外部人材として弁護士の活用が例示されている。

よって、当連合会は、国、北海道及び道内各市町村に対しては、消費者教育に関する各種施策の拡充を求めるとともに、北海道内各地域における消費者教育に我々が関与する意義とそこで果たすべき役割の大きさを自覚し、よりいっそう積極的に連携・協力して取り組むことを改めて決意し、標記のとおり決議する。

以上