平成14年11月14日
北海道弁護士会連合会 理事長 田 中   宏
札 幌 弁 護 士 会 会 長 渡 辺 英 一

声  明

 道道静内中札内線(以下、「日高横断道路」という。)道路事業は、法理的にみて開発道路の指定自体に違法性の疑いがあるだけでなく、そもそも、かけがえのない貴重な自然をもつ日高山脈地域において実施される工事でありながら、生態系が有する価値への評価や環境に対する影響評価がまったく不十分であり、着工後、現に事業が与えている影響の再評価すらも行なわれておらず、その上、投下した費用分の効果を完成後に上げることができない、まったく経済的合理性を欠いた工事である。

 にもかかわらず、これらの諸問題に答えるべき立場にある北海道や国土交通省北海道開発局は、あえて日高横断道路を完成させる理由について明確な説明を行ってこなかった。

 そこで北海道弁護士会連合会及び札幌弁護士会は、事業者である国、道に対し、ひとまず日高横断道路工事を中止したうえ、まず、日高山脈が持つ大自然の価値への評価、道路事業がその自然環境に与える影響、道路事業の必要性や事業の採算性等について、国や道が道民の前に情報を全て開示して説明責任を果たし、その上で徹底した情報公開と住民参加による議論を喚起して、日高横断道路事業を中止すべきか続行すべきかについて道民が多様な立場から総合的に検討する機会を持てるように努めるべく、強く要望するものである。

声明の理由

 本年6月道知事の見直し発言を受け、道は北海道政策評価条例第11条に基づき、道道静内中札内線(以下、「日高横断道路」という。)の道管理区間の今後の整備の進め方について特定政策評価を実施することにし、現在、特定政策評価検討チーム等において評価検討が行なわれている。

 いうまでもなく、日高山脈は、日本でも有数の原生的自然が手つかずのまま残された地域である。第4回自然環境保全基礎調査によれば、日高山脈襟裳国定公園には20カ所の原生流域が総面積にして4万7820ha存在し、大雪山国立公園の3倍、白神山地の4倍もの広さを誇り、実に日本における原生流域の総面積の約4分の1の面積となっている(平成14年環境白書参照)。そのうえ日高山脈には数多くの高山性植物が自生し、エゾナキウサギやエゾヒグマに代表されるように動物相も豊かで貴重な生態系が広がっており、その重要性については自然保護諸団体がこれまでつとに指摘しているところである。

 一方、この山脈を横断する日高横断道路は、日高管内静内町と十勝管内中札内村を日高山脈の中心部を横断して結ぶ道道として計画され、延長101kmのうち、日高山脈中央部約25kmは開発道路に指定され国が工事を施工し、開発道路をはさむ静内側約42kmと中札内側約33kmは道が施工するものとして、1984年10月着工され、道が工事を施工する道管理区間の総事業費が880億円、国が工事を施工する開発道路区間の総事業費が640億円と見込まれ、完成まで今後35年ないし40年の事業期間が必要とされる大規模公共事業である。

 このたびの道知事の見直し発言は、危機的水準にある道財政が今後一段と厳しい状況に直面することや、公共事業の減縮傾向がこれからも続くと見込まれることなど、厳しい財政事情によることや工事が長期にわたることがその理由とされている。

 しかし、日高横断道路事業の継続問題を検討するには、財政事情からの見直しよりはるかに重大な根本問題が存在している。

 まず第1に、日高山脈の自然環境が持つ価値と、日高横断道路事業がそれに与える影響の問題である。

 前述の通り、日高山脈には手つかずの自然が残る貴重な生態系があり、しかもそれが広範囲に残されていることは明らかである(ちなみに、道の「北の世界遺産構想」の下に設置された「北の世界遺産推進方策検討チーム」による1999年報告書においては、世界遺産登録を目指す候補地とされている)。ところがわれわれ道民としてこのような自然の価値についてどう考えるかという見地から調査、研究、議論がなされてきた形跡は全くない。

 日高横断道路は日高山脈地域の中心部を横断し、生態系を人工物によって分断することになるのだから、事業の経済効果についての議論以前に、このような道路を造ること自体の是非が、すばらしい自然環境を居ながらにして享有しているわれわれ道民において、深く議論されなければならない。

 道は、北海道環境影響評価条例(改正前)の施行に先立ち、1974年以降現地調査を実施し、1979年に「一般道道静内中札内線(仮称)環境影響評価書」を作成した。

 しかしながら、この評価書で環境影響評価の対象区間とされたのは、同時期に作成された開発局作成の評価書のそれを含めても28.8kmに過ぎず、当時の総延長区間75kmの僅か4割程度でしかない。そのうえ植物目録中の植物種類の同定も不正確であり、日高山脈の「原生林分」は各種の自然林や原生林からなり、広大な面積を被って山脈の植生を比類ないものとしているのに、林業的価値、すなわち針葉樹大木が密生するかという点からしか評価せず、全体から見れば狭い面積を占める針葉樹林にのみ限定してしか評価していないことが指摘されている。

 また、道路の植物に対する影響範囲については、道路端を基点として2〜18mと過少に限定しているなど、環境影響評価としては極めて不十分なものとなっている。

 その後、道は1984年に動植物の現況について報告書を作成したが、誤った植物の同定を訂正した以外は、評価書の環境影響評価をそのまま追認するものでしかないことが指摘されている。

 結局、道は不十分な環境評価のまま日高横断道路を着工した、との批判を免れないのである。

 また、工事が長期にわたっているため、部分的に工事が完了した区間がある。そこで、工事完了区間を中心に、環境に対する影響について事後モニタリング調査を実施し、実証的に工事継続による全体的な環境影響を再評価することが可能である。上述した日高山脈地域の貴重な自然に鑑みれば、むしろ、かかる再評価の実施が強く期待されているというべきである。にもかかわらず、かかる再評価は全く実施されていない。このため、道は事前の抽象的な影響評価のみで、工事の進展に伴なう実証的な再評価を怠っているとの批判を甘受せざるを得ない。

 平成14年9月に実施された北海道弁護士会連合会と札幌弁護士会の公害対策・環境保全委員会の現地調査によれば、工事が自然環境に多大な影響を及ぼす恐れがあると認められた。そこで、現時点で改めて環境影響評価を実施する意義は十分にあると考えられる。

 第2に、日高横断道路によってもたらされる経済的効果が完成までに要する費用を下回っているという点も見過ごせない。

 開発局は、日高横断道路の内、開発道路区間の費用便益比を1.7、即ち、費用に対し1.7倍の経済的効果がもたらされるとの分析結果を公表している。この開発局の分析の基準年は平成11年度であるが、便益としての平成11年度現在価値の合計額は916億円で、これに対する費用としての事業費640億円及び維持費61億円の単純合計は701億円であり、平成11年度現在価値は536億円と算定されている。

これに対し、道は費用便益比の発表すらしていない。それ自体問題であるが、仮に便益の現在価値、費用の支出時期、事業費に対する維持費の割合を国と全く同様と仮定すると、便益としての平成11年度現在価値の合計額は916億円で、これに対する費用としての事業費880億円及び維持費84億円の単純合計は964億円であり、平成11年度現在価値は737億円となり、費用便益比は1.24になる。

 このように、開発道路区間と道管理区間に分けて日高横断道路の費用便益比を別々に算出した場合には費用便益比はそれぞれ1を超える結果となる。しかし、日高横断道路によってもたらされる経済的効果は開発道路区間と道管理区間を問わず同一であるから、公共事業の経済的効率を判断する上では、便益に対する費用は道及び国支出分の合計額とすべきである。

 このような視点から、道及び国の費用平成11年度の現在価値を1273億円(国536億円、道737億円)と仮定し、日高横断道路の費用便益比を算出すると、0.72という結果となる。つまり、日高横断道路は、全体として見ると、そもそも費やした費用の7割程度の経済的効果しか見込まれない存在なのである。

 従って、日高横断道路は経済的効率が非常に悪く、およそ経済的合理性のない公共工事であると批判されてもやむを得ない。

 第3に、開発道路指定の法的根拠の問題がある。

 日高横断道路の国の施工区間約25kmは、道路法88条1項に基づく開発道路に指定され、道路に関する費用の全額を国が負担(現在は道が20%負担)している。同条項は、開発道路について、「地勢、気象等の自然的条件がきわめて悪く、且つ、資源の開発が充分に行なわれていない地域内の道路で、政令で指定するもの」との要件を定め、これを受け建設省開発道路選定基準は、資源開発のために必要であること、を開発道路の基準としている。

 そして日高横断道路は、1981年2月に、「本路線の完成後は、(本路線の通過する)地域の基幹道路として、(農業、畜産業、林業など第一次産業の)資源開発、関連産業の発展に寄与する」ものとして、開発道路に指定された。

 しかし、日高横断道路の開発道路区間約25kmの沿線には農家、酪農家はまったく存在せず、急峻な地形からして将来的にも存在し得る余地はない。また、沿線の森林のほとんどは開発道路指定当時から森林施業を積極的に行なわない水源涵養保安林であり、特に近年は森林保全をより明確にした「水土保全林」「森林と人の共生林」に指定された国有林であり、林業開発の余地もない。

 従って、日高横断道路の開発道路区間が今後も資源開発に寄与することはありえず、建設大臣によってなされた当該指定は、そもそも法律の要件を充足しておらず、法治行政に違反する指定であった可能性が高いといわなければならない。

 最後に、事業に関する情報公開と住民参加による道民全体での議論を道や開発局が尽くしていないという問題がある。

 1992年の環境開発に関する国連会議における、いわゆる環境と開発に関するリオ宣言では、その第10原則で、「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のあるすべての市民が参加することにより、最も適切に扱われる。国内レベルでは、各個人が、有害物質や地域社会における活動の情報を含め、公共機関が有している環境関連情報を適正に入手し、そして、意思決定過程に参加する機会を有しなければならない。」と定められており、札幌弁護士会では、1998年にパネルディスカッション「みんなで見なおそう公共事業〜真の豊かさと環境保全をめざして〜」を実施し、時のアセスならぬ「民のアセス」を提言した。それは、道の「時のアセス」「政策アセス」も、自然環境保全及び生態系保護の観点とこれを議論するための住民参加及び情報公開のシステムという観点からはまだまだ不十分であるという評価の上に立ち、「時間」というものさしに加え、「民意」というものさしをアセスの仕組みの中に積極的に組み入れていこうとするものであった。

 本件日高横断道路については、前述のような日高山脈の広大な原生流域及びその周囲の生態系の価値、事業の規模の大きさからみて、道民全体でこの道路の持つ意味について議論すべきことは当然である。すなわち、日高山脈地帯の原生的自然の価値をどのようにとらえるか、そもそも事業を行うことが許されるのか、道路の必要性はあるのか、環境に及ぼす影響をどう評価するかなどについて、自然環境を享有する主体で税の負担者でもある道民全体が、徹底した情報公開と住民参加により議論を尽くすべきであった。

 現に、川辺川ダム建設計画において、熊本県知事が国土交通省に対し「国は説明責任を果たしていない」と指摘し、熊本県独自で住民討論集会を企画開催しているという例もある。

 ところが、日高横断道路の評価について、知事が行う最終評価結果に至る過程において公開されるのは、わずか特定政策委員会の意見表明の過程だけであり、情報公開がなされていない。

 また、政策評価過程に住民参加がないばかりか、道民の意見を反映させる制度的な保障もない。

 従って、情報公開と住民参加の見地からは甚だ不十分な手続きにより実施されているのである。

 以上のとおりであるので、北海道弁護士会連合会札幌弁護士会日高横断道路について声明するものである。

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