政府の「国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部」は,2004年(平成16年)12月10日,「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し,その中で弁護士に対しても依頼者が行う不動産の売買,依頼者の資産の管理等一定の取引に関し,マネーロンダリングやテロ資金の移動と思われる「疑わしい取引」については,これを政府の金融情報機関(FIU)にその門番(ゲートキーパー)として通報する義務を課す立法をなすこととした。そして政府は,2005年(平成17年)11月17日には,立法のための整備の一環として,金融情報機関(FIU)を金融庁から警察庁に移管することを決定し,法案を2007年(平成19年)の通常国会に提出するとし,現在その作業を進めている。
弁護士は,もとより法律に関する専門知識を有するだけでなく,国家権力から独立して,依頼者の人権と法的利益を擁護することを職務の本質とする。そのため弁護士は,職務上知り得た秘密を保持する義務を負っているのであり,一方,市民にとっては秘密のうちに弁護士と相談をすることができる権利が保障されているのである。依頼者は,弁護士が守秘義務を負っているからこそ,弁護士に対し真実を述べ,かつ弁護士による適切な助言を受けることができ,ひいては法遵守の促進もはかられるものである。これが弁護士に課せられている高度の守秘義務の内容であり,市民と弁護士との信頼関係を築く基礎である。
政府による立法化の作業は,つまるところ弁護士によって依頼者を警察に密告する制度を創設しようとするものであり,市民の弁護士に対する信頼を侵害し,弁護士制度の存在意義を危うくし,ひいては司法制度の根幹を揺るがすこととなる。
当連合会は,日本弁護士連合会と連携しつつ,旭川,釧路,札幌,函館の各弁護士会の会員と一丸となって弁護士による依頼者密告立法に反対する。
以上,決議する。
2006年(平成18年)7月28日
北海道弁護士会連合会
1 OECD加盟国を中心とする31ヶ国・地域及び2国際機関が参加する政府間機関であるFATF(金融活動作業部会)は,2003年(平成15年)6月20日,弁護士などの法律専門職に対して,依頼者の本人確認義務及び記録の保存義務と,マネーロンダリングやテロ資金の移動として疑わしい不動産売買,資産管理等の取引について,これを各国に設置される金融情報機関(FIU)に通報する義務を課すことを定め,これを勧告した。法律専門職を門番(ゲートキーパー)として,違法の疑いがある資金移動を規制しようとするものである。
2 日本政府の「国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部」は,2004年(平成16年)12月10日,「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し,その中で専門職に対してのFATF勧告の完全実施を決定した。そして,2005年(平成17年)11月17日には,FATF勧告実施のための法律の整備に関する骨子を定めた。
その骨子は,
・ 法律の目的は,資金洗浄及びテロ資金対策とし,警察庁,法務省,金融庁,経済産業省,国土交通省,財務省,厚生労働省,農林水産省,及び,総務省の所管とし,法律案の作成は警察庁が行う,
・ 本人確認法及び組織犯罪処罰法第5章を参考として法律案を作成する,
・ FIU(金融情報機関)は警察庁に移管することとし,FIUが十分な機能を果たすため必要な体制を確保する,
・ 警察庁は平成18年(2006年)中に法律案の作成を終え,これを平成19年(2007年)の通常国会に提出する,
というものである。
3 しかし,「疑わしい取引」を警察庁へ通報するという制度は,弁護士・弁護士会の存立基盤である国家権力からの独立性を危うくし,弁護士・弁護士会に対する国民の信頼を損ねるものであり,弁護士制度の根幹をゆるがすものである。なぜなら,警察庁は,犯罪捜査を基本とする国家機関であり,刑事弁護などを通じて弁護士・弁護士会とは制度的に対抗関係にあるが,弁護士が,依頼者の相談等を通じて得た情報を,それも単に「疑わしい」というレヴェルでの情報について,警察庁に通報することを義務づけられれば,市民にとって弁護士は警察と直接の捜査協力関係にあり,更には警察庁の統制下に置かれていると考えられ,通報制度は弁護士による警察への密告制度と認識されることは必至であるからである。
その結果,市民は,弁護士への依頼者として真実を語って安心して弁護士に相談することを躊躇することになり,そのため法律を遵守して行動するよう適切な法的助言を受けることができなくなり,かえって違法行為を招いてしまうという事態が発生しかねない。
当連合会は,マネーロンダリング,テロ資金の移動を防止するため,人権保障原則を侵害することのない限度で世界各国が協力し,国内的法制を整備することの必要性を否定するものではない。しかし,弁護士が依頼者を密告する制度は,これによって達せられる利益に比し,これによって失われる利益,即ち,弁護士制度ひいては民主的司法制度の根幹を揺るがす弊害,リスクの方が格段に大きいとみるべきである。
4 通報義務が課せられる事項を弁護士の守秘義務の範囲外の事項とするとの除外規定が設けられればよいとの考えもあるが,当連合会は,そうした限定が付されても,決して許容できるものではないと考える。
FATF勧告では,「守秘義務の対象となる状況に関する情報」については,通報義務を負わないと規定されてはいる。しかし,守秘義務の範囲の内か外かは一義的に定まるものではなく,まして法的アドバイスを受けようとする市民が弁護士の守秘義務に属するか否かなど判断して,相談の対象を選別することなど全く不可能である。警察庁が守秘義務の範囲について,捜査に必要という理由から,これを狭めるような解釈をしようとする可能性もまた否定しきれないところである。
5 諸外国の動きについて目を転じてみる。
注目すべきはアメリカの対応である。アメリカ法曹協会(ABA)は,ゲートキーパー規制に反対の姿勢を崩しておらず,政府からの具体的立法化の提案はこれまでにない。
カナダでは,すべての州でゲートキーパー制度の弁護士への適用について違憲とする判断が出され,執行が停止されている。
イギリスでは,既に1994年から,ソリシターをマネーロンダリング規制対象とし,通報義務懈怠に5年以下の拘禁刑を科すとしている。このためソリシターは,些細な事実についても通報するようになり,その数は2004年の報告では1万数千件に及び,市民の弁護士に対する信頼を揺るがす事態となっている。
EUの他の諸国においても国内法制度化が実施されたが,各国の弁護士会が制度に反対しており,ベルギーやポーランドでは,弁護士がゲートキーパー制度の違憲性を指摘して,行政・憲法裁判所に提訴しており,今年度中にも判断が示される見込みである。
6 このように世界中の多くの弁護士,弁護士会が,この制度に強く反対しており,世界の趨勢は未だ定まっていない。
当連合会は,弁護士による依頼者密告立法(ゲートキーパー立法)阻止に向けての運動を更に強固に押し進めるため,本決議をするものである。
以 上