提案理由

1.現在の議論状況

2015年(平成27年)6月、公職選挙法の一部が改正され、選挙権年齢が18歳に引き下げられ、2018年(平成30年)6月には民法の一部改正により、民法の成年年齢が18歳に引き下げられることになった(2022年(令和4年)4月施行)。

少年法については、2017年(平成29年)2月、法務大臣が法制審議会に対し、少年法における「少年」の年齢を18歳未満とすることについて諮問した。これを受け、法制審議会の少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会では、仮に少年法の適用年齢を引き下げた場合に採り得る犯罪者処遇策が検討され、その検討も踏まえた上で少年法の適用年齢を引き下げることの是非が議論されてきた。

法制審議会では、少年法の適用年齢を引き下げるべきとして、以下の点が指摘されている。

(1) 選挙権年齢や民法上の成年年齢との統一の必要性

少年法の適用年齢についても、選挙権年齢や民法上の成年年齢と統一すべきであること。

(2) 若年者に対する新たな処分を導入すること

少年法の適用年齢を引き下げ、少年法の対象から外れる18歳、19歳の者については、新たな処分や運用を導入して対応すれば問題が生じないこと。

2.少年法の適用年齢引下げに反対する理由

(1) 少年法の理念に反すること

少年法の目的は、「少年の健全な育成」のために「非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずること」(少年法1条)にあり、非行を犯した少年について、原則として処罰ではなく教育的手段によってその非行性を矯正し、更生を図ることを目的としている。

少年法では、罪を犯した犯罪少年だけでなく、一定の事由があり将来罪を犯すおそれがあるぐ犯少年も審判の対象と定めているが、これは少年の非行性を取り除いて、将来の犯罪を防止する少年法の理念に基づくものである。

このように少年法が特別な手続を定めているのは、20歳未満の者が未成熟で、可塑性に富んだ存在であることが前提となっている。そして、18歳、19歳であっても、人格の発達途上にあるものとして、成人と比較して豊かな教育的可能性を有し、指導や養育によって更生を実現できることには変わりはない。少年法の理念に基づく教育的手段により更生を図ることができれば、犯罪とは無縁の安全な社会を実現できることになる。

なお、脳科学の分野では、「ヒトの脳は、25歳ころまで完成に向けて進んでいる途上にあり、前頭前野における情動のコントロールが類型的に働きにくい状態に置かれている」一方、「環境を調整し、前頭前野による抑制が働くような働きかけをすれば、再犯防止は可能になる」とされている(大塚正之氏「家庭裁判所における少年事件の取扱いと脳科学」判例時報2395号)。つまり、脳科学の観点からも、18歳、19歳の者が未成熟であり、可塑性に富んだ存在であることは明らかである。このことからも、18歳、19歳の者に少年法を適用すべきなのは当然であり、むしろ再犯防止のためには、適用年齢を引き上げるべきという意見もある。

このように、少年法の適用年齢引下げは、可塑性に富んだ存在である18歳、19歳の者に対して少年法が適用できなくなるという点で、少年法の理念に反するものに他ならない。

(2) 有効に機能している少年法の適用を受けられなくなること

現行の少年法では、捜査段階において、少年被疑者への勾留要件が厳格となっており、検察官による勾留に代わる観護措置の請求も認められている(少年法43条1項・同3項、48条1項)。

そして、少年事件においては、刑事事件のように検察官に裁量は与えられておらず、全件家庭裁判所へ送致することになっており(少年法42条)、家庭裁判所によって処分が決せられる。

家庭裁判所へ送致後は、観護措置決定による鑑別がなされることがあり(少年法17条1項2号)、少年鑑別所において、非行に至った原因を深く掘り下げるなど少年審判に向けた調査が行われることになる。

少年審判は、刑事手続のような対立当事者が存在する手続ではなく、少年の再非行防止を目的とした審問的手続となっている。一定の重大事件に限って、検察官が審判手続に関与することがあるが(少年法22条の2第1項)、刑事事件と異なり、審判の協力者として参加するにとどまる。

少年審判では、付添人の選任が認められ(少年法10条)、付添人は、少年の権利を擁護するために活動することになる。

そして、審判手続は少年の更生のために非公開となっている(少年法22条2項)。

教育的な働きかけが行われた結果、再非行の見込みがなくなったとして、審判不開始(少年法19条1項)又は不処分(少年法23条2項)となる場合もある。

試験観察(少年法25条1項)により、家庭裁判所調査官が、生活指導や環境の調整等を行うことで、再非行防止が図れたとして、保護処分を免れることもある。

保護処分が選択されたとしても、保護観察処分の場合には、保護観察官や保護司の指導監督のもと、家庭内において少年の改善更生が図られることになる(少年法24条1項1号)。

仮に、少年院送致(少年法24条1項3号)となった場合であっても、成人の刑事処分とは異なり、少年院では個人別矯正教育計画に基づき、きめ細かい矯正教育を受けることになる。

そして特に強調すべき点として、現行少年審判手続では、心理学、教育学、社会学等を習得した専門職である家庭裁判所調査官による調査(少年法8条2項、9条)が実施されている。

この調査の結果作成される「少年調査票」は、処遇決定の重要な資料として用いられるほか、少年院や保護観察所へ引き継がれ、少年の更生のための有益な資料となっている。

このように、成人とは異なる様々な制度が規定され、現行の少年法は、少年の更生や再犯防止のために有効に機能しているが、少年法適用年齢が引き下げられた場合、18歳、19歳の者は、これらの制度の適用を受けられなくなる。

法制審議会の部会においても、「今回の議論というのは、現行少年法の下で18歳、19歳の年長少年に対して行われている手続や保護処分が有効に機能していないので、少年法の適用年齢を下げることを検討しようとするものではないのだということについては、意見の一致がある。」「現行法の下での年長少年に対する手続や処遇の有効性という観点からは、少年法の適用年齢を引き下げる必要性はない。」と整理されており、これに対する異論は出ていない。

後述する若年者に対する新たな処分は、現行少年法と類似の処分であるが、このような制度の導入が検討されていること自体、現行少年法における処分が有効に機能していることの表れである。

また、一部において18歳、19歳の者による凶悪重大事件の増加により、これらの者に対する刑事処分が必要と指摘されることがあるが、近年少年事件の件数は激減しており、少年による凶悪重大事件(殺人(未遂も含む)、傷害致死)も、減少傾向にあり、上記のような立法事実は存在しない。

現行少年法は、70年以上にわたり、極めて有効に機能しているのであるから、少年法の適用年齢を引き下げるべき理由は存在しない。

(3) 選挙権年齢や民法上の成年年齢との統一の必然性がないこと

法律の適用年齢は、それぞれの立法趣旨や目的に照らし、法律ごとに個別具体的に検討すべきであり、選挙権年齢や民法上の成年年齢が引き下げられたとしても、少年法の適用年齢を引き下げる必然性はない。実際に、未成年者飲酒禁止法、未成年者喫煙禁止法、公営ギャンブル(競馬法、自転車競技法、モーターボート競走法、小型自動車競走法)の適用年齢は20歳から18歳に引き下げられていない。

また、一部では民法上、親権の対象とならなくなった18歳、19歳の者に対する保護処分は正当化しえないという意見もあるが、少年法の目的は、前記(1)で述べたとおり、教育的手段によってその非行性を矯正し、更生を図ることにあり、私法上の行為を規律することを目的とする民法上の行為能力の制限とは、その趣旨は全く異なるのであり、上記の指摘は当たらない。

(4) 若年者に対する新たな処分や運用の導入について

少年法の適用年齢を引き下げるべきという立場からも、少年法の適用年齢が引き下げられた結果、少年法の適用を受けられなくなる18歳、19歳の者の改善更生・再犯防止の観点から、新たな処分の導入や運用の改善をすべきであり、これらの方策が少年法の適用年齢引下げの代替措置になりうるという意見が出ている。

新たな処分の具体的な内容は、起訴猶予となった18歳、19歳の者については、家庭裁判所の保護観察等の処分に付する制度を導入するというものであり、運用の改善としては、罰金刑の保護観察付き執行猶予を活用するというものである。

しかし、起訴猶予となった者のうち、18歳、19歳の者のみが刑事処分とは別の保護処分を受けることは、刑事処分の行為責任主義の趣旨から正当化できない。

また、罰金刑の保護観察付き執行猶予については実務上ほとんど活用されておらず、罰金刑の大部分は略式手続で行われるため、略式手続で裁判所が保護観察を付けるのかどうかを判断することは困難である。

このように、若年者に対する新たな処分の導入や運用の改善は、有効に機能している現行の少年法の代替にはなりえない。

3.結語

以上のとおり、少年法の適用年齢引下げには、必要性も合理的理由もない。

2015年(平成27年)には、当連合会のすべての単位会から、少年法の適用年齢引下げに反対する旨の会長声明が出された。

当連合会としても、2015年(平成27年)9月7日、同じく少年法の適用年齢引下げに反対する旨の理事長声明を出した。2018年(平成30年)11月24日にも再び理事長声明を出し、少年法の適用年齢引下げに対し、改めて強い反対の意を表明した。

また、2017年(平成29年)2月18日には、札幌弁護士会主催のシンポジウム(「18歳は大人か?子どもか?〜少年法年齢引下げの落とし穴〜」)が開催され、多数の一般市民も参加した。

2019年(平成31年)4月9日、参議院議員会館において日本弁護士連合会主催の少年法適用年齢引下げに反対する院内集会が行われ、各党派の国会議員に少年法適用年齢引下げ反対を訴えた。国会議員の中からも少年法適用年齢引下げに反対する声が上がっている。

日本弁護士連合会は、2015年(平成27年)2月20日付「少年法の『成人』年齢引下げに関する意見書」及び2018年(平成30年)11月21日付「少年法における『少年』の年齢を18歳未満とすることに反対する意見書」を公表するなどして、かねてから少年法の適用年齢引下げに反対しているが、2019年(令和元年)6月14日には、同連合会第70回定期総会において、「少年法の適用年齢引下げに反対し、諸団体等と連携してこれに取り組む決議」を採択し、少年法の適用年齢引下げに反対する取組みをより一層推進する決意を表明すると共に、同月中に国会議員に対して少年法適用年齢引下げに反対する要請活動を行うよう全国の弁護士会に通達し、国会議員の理解と支持を一層広げるための活動を行ったところである。

少年法の理念に今一度思いをはせ、18歳、19歳の若年者に全力で付き添っていくとともに、同理念を広く社会に理解してもらう活動を行う決意のもと、当連合会として改めて、少年法の適用年齢引下げに強く反対する。

以上