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道弁連大会

継続的かつ網羅的なワークルール教育の実施を求め、適切な雇用関係の実現に取り組む決議

  1.  当連合会は、北海道の各地方自治体に対し、ワークルール教育を継続的かつ網羅的に実施できるように組織的体制を整え、財政的措置を講ずることを求める。
  2.  当連合会は、ワークルール教育の全道における実現のために、各地方自治体と協力し、関連する法的知識の研鑽に勤しみ、もってワークルール教育の浸透による適切な雇用関係の実現に取り組む決意である。
  3.  以上、決議する。

2018年(平成30年)7月27日
北海道弁護士会連合会

提案理由

  1. 日本における労働者の現状
     戦後、我が国においては、憲法によって労働三権が保障され、労働組合法や労働基準法の制定をはじめとして労働法制が拡充されるなど、労働者が様々な権利を享受し、労使間紛争を抑止して円滑な雇用関係が実現されるよう法整備が進められてきた。
     しかし、近年は非正規雇用労働者の増加、就労形態の多様化、労働組合の推定組織率の低下等、労働環境が大きく変化している。加えて、少なからぬ職場において、長時間労働による労働者の健康被害や過労自死の問題、サービス残業、最低賃金法違反、セクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメントなどの労働者の人格侵害の問題などが発生しており、これらの問題が多く発生しうる「ブラック企業」の存在が広く認知されるようになっている。
     特に、過労自死の問題は深刻である。先進諸外国と異なり、日本の若年層(20代、30代)においては、もっとも多い死亡原因が自死となっており、かつ、全体としての自殺死亡率が2003年(平成15年)をピークとして毎年低下しているにもかかわらず、勤務問題を原因とする自死は、特に20代において自殺死亡率を引き上げている(平成27年版自殺対策白書(厚労省)第1章第2節参照)という状況を直視しなければならない。
     若年層において勤務問題が自殺死亡率を引き上げているのは、若年労働者は労働法制等に関する知識や労働関係における紛争への対処の経験が乏しく、不当な扱いだと感じても異議を申し出ることが難しいこと、そもそも自らに対する不当な扱いの違法性すら認識できないまま過酷な労働を強いられている例が少なくないことにも起因するものと考えられる。
     このような状況に対応すべく、近時、労働者及び使用者双方に対して「ワークルール」を教育することの重要性が指摘されている。
     「ワークルール」とは、「労働の分野に関する実体法及び手続法等(判例を含む)」を指し、未払賃金や解雇等の問題における、労働者と使用者の間の法律関係に関する法と、これを解決するための労働審判、訴訟等の手続に関する法律、労災の申請などの公法上の定められている労働者の権利等とその申請方法や再審査請求などの手続的知識の双方を包含するものであり、労働者にかかわる法律関係全般がその対象となる。
  2. ワークルール教育の必要性
     労働者が、自らの権利が守られることを知らず、不当な扱いを社会の現実として受け入れるほかないと考えてしまう状況下では、仕事を通じて人間的に成長を図り、希望をもって安定した生活の基盤を築き、継続的に働き続けることはできない。また、労働者の継続的就労が実現しないことから、後継者への知識・技術の伝承の断絶が起こり、次世代を担う労働力の再生産が困難となる。ひいては経済の健全な発展や持続可能な社会の形成も阻害される。
     したがって、労働者の権利保障、適切な雇用関係の実現の観点はもとより、国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展のためにも、労働者がワークルールの基礎的な知識を習得し、具体的な行動につなげるための実践的な教育と支援が不可欠である。
     他方で、使用者や職場の管理的地位にある者に労働者の権利等に関する基礎的な知識が欠けているため、無用な労働トラブルに発展してしまう例も後を絶たないという状況を踏まえると、労働者のみならず使用者もワークルールに関する知識を習得する必要がある。
     こうした課題の中でも特に過労死等に関する課題を解決するために、2014年(平成26年)6月20日に過労死等防止対策推進法が制定された。そして、2016年(平成28年)から、同法に基づき、過労死等防止対策等労働条件に関する啓発事業として、中学校・高等学校・大学・各種学校に対する講師派遣事業が実施されている。
     しかし、過労死等を引き起こす一因としてワークルール教育の欠如があることを踏まえ、上記事業に限らず、より広い範囲で雇用関係に関する課題解決の指針を提供し、その結果、労働者が様々な権利を享受し、無用な労使間紛争を抑止して円滑な雇用関係が実現された社会とするためには、ワークルール教育活動が継続的かつ網羅的に実践される必要性がある。
     そのために、社会全体でワークルール教育の必要性についてコンセンサスを形成するとともに、国や各地方自治体において、ワークルール教育推進のための法令を整えた上で、一定の財政的措置を講じてワークルール教育活動の経済的基盤を確保し、教育の方向性や具体的対応策を決定する組織を作って実効的かつ具体的な対応を決定することにより、教育現場とワークルールに精通した専門家等が連携しつつ、労働者はもとより、学校教育段階においても児童・生徒・学生に対して、その発達段階に応じて構造的にワークルール教育の取組みを進めていくことが必要である。
  3. ワークルール教育において弁護士に求められる役割
     このように、ワークルール教育をめぐる社会状況と国会の取組み、ワークルール教育の必要性についての認識が社会全体でも共有されつつある中、日本弁護士連合会において2016年(平成28年)1月12日に、「ワークルール教育シンポジウム――労働者・若者が生き生きとはたらくために弁護士ができること――」が開催され、教育現場や労働現場の実態報告を踏まえて意見交換が行われた。
     その中で、労働者が様々な権利を享受し、労使間紛争の抑止による円滑な雇用関係の実現に資する労働法の知識を、労働者に対して普及していく上で、終局的な労働紛争解決に日々携わっている弁護士に期待されている役割は大きく、法的支援にとどまらず、労働法教育の担い手としても弁護士がワークルール教育の実践、啓発・推進に向けて取り組むことが求められているとの指摘があった。
     ワークルール教育の重要性を前提に、ワークルール教育を求める声は社会的に高まっており、弁護士はこのような社会的要請に真摯に対応しなければならない。
  4. ワークルール教育への弁護士による関与のあり方
     一方で、外国での取組みに目を向けると、本日当連合会が開催したシンポジウムにおいて報告されたとおり、韓国では日本に似た労働法制が採用されているところ、国による法律の制定はないものの、シフン市等の地方自治体は、自治体独自にワークルール教育を財政面・組織面において強力にバックアップして推進し、これを浸透させつつある。
     シフン市等においては、法律の専門家たる弁護士等が学校において授業を行うことが予算化され、実際に授業への講師派遣が実現しており、授業が行われた回数は相当数に及んでいる。また、学校における授業だけでなく、市街地における広報活動なども市の予算・人員によって行われており、地方自治体における適切な雇用関係の実現に向けて活発な活動が行われている。
     シフン市等における取組みから見て取れるように、ワークルール教育の実現においては、実際の教育現場においてこれをどのように実施するかという点が重要な課題の一つである。
     すなわち、ワークルール教育は、主に学校における授業によって実施されると考えられるところ、これが継続的かつ地域的網羅性をもって行われるためには、シフン市等のように我が国においても、地方自治体による具体的な財政措置を講じた上で、ワークルール教育のための授業に必要な人材を確保するとともに、教材等の充実も図られなければならない。
     そして、現在授業を担当している教師は法律の専門家ではなく、また、労働紛争を経験したことも決して多くはないため、教師による授業のみによっては、実質的なワークルール教育の実現は難しい。
     ワークルール教育を必要とする学生に対してより実際的・効果的な授業を行うことができるのは、法律の専門職であり、労働紛争における終局的な解決方法である労働訴訟を日々担当している弁護士である。この観点からすれば、弁護士がワークルール教育に関する授業を担当する必要性は極めて高い。
     北海道においては、すでに過労死等防止対策推進法に基づき、学校への弁護士の講師派遣が実現している。また、学校から弁護士会に対して講師派遣の依頼がなされ、これに対応している例もある。
     当連合会は、これらの活動のみに満足することなく、今後はワークルール教育全般に関してより積極的に弁護士の講師派遣等を行い、弁護士が全道にワークルール教育を行きわたらせる役割を担う決意である。
  5. 結論
     当連合会は、弁護士がワークルール教育、特に学校における授業等に積極的に関与することが必要不可欠であることを再確認し、北海道においてワークルール教育を早期に浸透させ、労働者が様々な権利を享受し、無用な労使間紛争のない社会の実現を期し、本決議を行うものである。

 以上

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