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道弁連大会

議案第4号(決議)

4会共同提案

刑事司法の変貌期にあたって日本国憲法の理念の一層の実現を目指すための宣言

  1. 本年5月21日から,市民が職業裁判官とともに刑事裁判を担う裁判員裁判制度が施行され,また被疑者段階における国費による弁護人選任対象事件が大幅に拡大された。
    加えて,社会の変化に伴い刑事実体法及びその運用が厳罰化,重罰化されつつあることや,刑事手続法において公判前整理手続制度や犯罪被害者参加制度が導入されたことなどと相俟って,わが国の刑事司法制度は,いま,その姿を大きく変貌させつつある。
  2. ところで,日本国憲法は,適正手続の保障を定めた第31条をはじめとして,刑事司法手続における詳細な人権保障や裁判の公開制度などを定めている。
    その理由は,国家刑罰権の行使を正当化する刑事裁判は,誤りなく適正なものでなければならないからであり,誤った国家刑罰権の行使は,市民の自由や財産のみならず,死刑制度を持つわが国にあっては市民の生命をも奪い,取り返しのつかない結果をもたらすからである。
  3. しかしながら,わが国の刑事司法には,依然として誤った裁判とそれを生み出す構造的問題が存在する。このことは,免田事件をはじめとする死刑再審無罪事件を思い起こすまでもなく,最近また,氷見事件,足利事件でも明らかになった。
    最大の問題は,「人質司法」と「調書裁判」と言われてきた刑事司法の実態,すなわち虚偽の自白を生み出す捜査手法と裁判における自白の偏重にある。
  4. わが国の弁護士は,捜査・公判を通じ,刑事司法の現場で,与えられた条件を最大限活用して,被疑者・被告人の人権を擁護し,刑事司法を適正・充実したものにするため,最善を尽くすべく努力してきた。また,刑事司法制度の改革・改善のためにもさまざまな提言をし,実践してきた。被疑者国選弁護制度はその成果であり,裁判員制度も陪参審制度に関する取組みの結果導入されたものである。
    しかしながら,未だ取調べ過程の全面可視化や検察官手持ち証拠の全面開示が実現されていないなど多くの問題が残されているし,公判前整理手続後の立証制限や開示証拠の目的外利用制限など新たに導入された制度により,被告人の防御権や弁護人の弁護活動が不当に制限される新たな危惧を生み出してもいる。このままでは,裁判員裁判制度が導入されても,却って,新たに冤罪を生み出すことにもなりかねない。また,裁判員には罰則をもって守秘義務が課されていることから,評議の場の検証が極めて困難である。
    そこで,当連合会は,当面,少なくとも次のことを求める。 (1) 取調過程の全面可視化 (2) 起訴前保釈制度の創設と起訴後保釈の原則的運用 (3) 検察官手持証拠の全面開示 (4) 公判前整理手続を経た後の弁護側立証制限の撤廃 (5) 開示証拠の目的外使用制限の撤廃 (6) 裁判員の守秘義務の緩和
  5. 当連合会は,刑事司法の変貌期にあたり,日々の弁護活動を通して,被疑者国選制度や裁判員裁判制度の適正な運用に最大限の努力を傾注するとともに,市民と共に,日本国憲法が定めるあるべき刑事司法の実現を目指し,裁判員裁判制度についての3年後の見直しを待つことなく,不断に制度改革を追求する決意である。

2009年7月24日
北海道弁護士会連合会

提 案 理 由

  1. 本年5月21日,「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が施行され,また,被疑者段階における国費による弁護人選任対象事件も,死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁固にあたる事件に拡大された。
    このことに止まらず,刑事実体法そのものやその運用が厳罰化,重罰化されつつあることや刑事手続法において公判前整理手続制度や犯罪被害者参加制度が既に実施されていることなどと相俟って,わが国の刑事司法制度は,いま,その姿を大きく変貌させつつある。
  2. このような刑事司法制度の変貌をどう評価すべきかについてはさまざまな議論がある。
    しかしながら,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする弁護士には,いかなる制度の下でも,刑事司法の現場で,被疑者・被告人の人権を擁護し,刑事裁判を適正かつ充実したものとしなければならない責務があるとともに,刑事司法制度の改革,改善に努力しなければならない義務がある。
    当連合会は,このような立場から,当面する課題を明らかにし,内外に,その課題克服に向けてその実践を呼びかけるとともに,自らの決意を明らかにするため本宣言をなすものである。
  3. 宣言では,わが国の刑事司法には,未だに誤った裁判とそれを生み出す構造的問題点があることを端的に指摘している。
    この構造的問題を克服できるかどうかは,これからの実践にかかる一面があることは否めないが,弁護士の人権擁護活動の指針である日本国憲法に照らして,当面する課題として次の6項目を挙げた。 (1) 取調過程の全面可視化
    わが国では,多くの被疑者が23日間の長期にわたり捜査機関である警察自身が管理している「代用監獄」で身柄を拘束され,その間,弁護人の立会いが認められることもなく,密室での取調べが行われている。密室での取調べは,時として,頭ごなしに犯人と決め付けて長時間にわたったり,威圧的であったり,あるいは利益誘導がなされるなど違法・不当なものとなり,虚偽の自白や事実と異なる供述調書を生み出している。そのため,裁判で,長期にわたり,自白調書の任意性,信用性が争われることも少なくない。しかしながら,実際の公判では,このような取調べの実体が隠蔽され,裁判所も自白を偏重してきたこともあって,違法・不当な取調べは是正されず,虚偽の自白調書によって今も多くの冤罪が生み出されている。かつての免田事件などの死刑再審事件に遡るまでもなく,氷見事件,佐賀北方事件,足利事件など記憶に新しい。
    近時,検察や警察も取調べの録画を開始したが,録画するかどうか,どの範囲で録画するかは捜査担当者の裁量に委ねられ,現実には被疑者が調書に署名,指印する場面など一部が録画されているにすぎない。これでは,違法・不当な捜査が隠蔽されてしまいかねず,かえって危険である。
    また,自白調書の任意性,信用性をめぐる立証で裁判が長期化するようでは,裁判員裁判の運営にも重大な支障を来す。
    違法・不当な取調べによる自白の強要を防ぐためには,取調べの全過程を録画し,全てを透明化することが不可欠である。
    取調べの全面可視化は国際的潮流でもあり,2008(平成20)年に,政府は,国連国際人権規約委員会から,特に被疑者取調制度の問題点を指摘され,取調べを厳格に監視し,電子的手段により記録するよう勧告を受けている。
    (2) 起訴前保釈制度の創設と起訴後保釈の原則的運用
    取調状況の録画により全てが解決するわけではない。捜査・裁判における自白偏重の姿勢こそが改められるべきである。そのためには,起訴前保釈制度を創設し,捜査機関による長時間にわたる取調べから被疑者を開放する必要がある。
    また,勾留が身体の自由を奪う強力な処分であることに鑑みれば,身柄の拘束は必要最小限に留めるべきであり,起訴前保釈制度の創設は,日本国憲法の理念の実現に資するものといえる。
    現行法上,起訴後に限り認められている保釈制度の運用においても,身体が不当に拘束されることのないよう,起訴後速やかに保釈が認められるべきである。漠然かつ抽象的な罪証隠滅のおそれがあるとの理由で保釈が認められてこなかったこれまでの運用は早期に改められるべきである。
    公判前整理手続に付された事件についても,効率的な証拠開示請求や争点整理のためには被告人との密な打合せが必要となる以上,速やかに保釈が認められる運用がなされるべきである。
    (3) 検察官手持ち証拠の全面開示
    新たに導入された公判前整理手続の中で,一定の要件の下ではあるが,類型証拠(刑事訴訟法316条の15)と主張関連証拠(同法316条の20)について開示制度が明文化された。
    しかし,公益を代表する検察官が,被告人に有利と思われる証拠を持っていながらこれを法廷に提出しないばかりか,被告人側に知らせることなく被告人が不利な判決を受けた場合,これが果たして「公正な裁判」といえるだろうか。
    被告人の防禦権が十分に保障されるためには,無条件で検察官手持ち証拠の全てが開示される必要がある。
    (4) 公判前整理手続を経た後の弁護側立証制限の撤廃
    公判前整理手続終了後は,原則として,新たな証拠調べの請求が制限されている(刑事訴訟法316条の32)。しかし,これでは,被告人側で有効に検察側立証を弾劾できなくなるおそれがある。弾劾証拠を予め明らかにしてしまうと,検察側による証拠潰しのための補充捜査や再度の証人テストなどが予想されるからである。公判前整理手続を経た後の弁護側立証制限は撤廃されるべきである。
    (5) 開示証拠の目的外使用制限の撤廃
    開示証拠について,「被告人若しくは弁護人又はこれらであった者」は,「当該被告事件の審理その他の当該被告事件に係る裁判のための審理」(刑事訴訟法281条の4第1項1号)の他,いくつかの関連する手続(同項2号)またはその準備に使用する目的以外の目的で使用することが禁じられた。
    「弁護人又は弁護人であった者」は,「対価として財産上の利益その他の利益を得る目的」でなければ刑罰を科されず(同法281条の5第2項),「違反した場合の措置」については,「被告人の防御権を踏まえ,複製等の内容,行為の目的及び態様,関係人の名誉,その私生活又は業務の平穏を害されているかどうか,当該複製等に係る証拠が公判期日において取り調べられたものであるかどうか,その取調べの方法その他の事情を考慮する」(同法281条の4第2項)とされているものの,その運用如何によっては,弁護人の裁判準備活動に重大な支障を来したり,国民の裁判批判を封じることになり,ひいては,被告人の防御権行使に重大な否定的影響を及ぼしかねない。裁判員裁判による国民の司法参加は国民の裁判批判を封じるものであってはならない。
    また,新たに損害賠償命令制度(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律17条以下)が設けられたが,刑事手続で弁護人に開示されたが,実際に証拠調べがなされなかった証拠をこの手続で使用した場合,「目的外使用」となるのかどうかも判然としない。
    開示証拠の使い方で問題となるケースがあるとしても,それは従前の制度の運用で十分に対応でき,弊害のみが問題となるものなので,この開示証拠の目的外使用制限は早期に撤廃されるべきである。
    (6) 裁判員の守秘義務の緩和
    裁判員(補充裁判員を含む。)には,「現に裁判員である者」ばかりでなく,「裁判員であった者」にも,「評議の秘密」を漏らしてはならないという,守秘義務が課され(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律70条),これに違反した場合には罰則(6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)が科される(同法108条)。
    確かに,裁判員のプライバシーを保護し,評議における自由な発言を保障するために一定の守秘義務を課す必要性があることは否定できない。しかしながら,「裁判員であった者」に対して,自らが関与した評議について,一生涯罰則付きの守秘義務を課すことには重大な問題がある。例えば,当該裁判員が,評議の過程で無罪意見を持っていたにもかかわらず,有罪の評決となった場合で,しかも,それが死刑判決であった場合,自らの心証を開陳し,なぜ有罪で死刑判決となったのか,一生涯沈黙を強制することは余りに酷なことだと言わなければならない。しかも,裁判員制度が市民の常識を裁判に生かすという本来の目的を果たしているのかどうかを検証するためには,評議の経過や意見の内容,人数の多少など,正に「評議の秘密」とされている事項が調査研究の対象とされて初めて可能なのである。裁判員法の附則8条は3年後の見直しを規定しているが,このような調査研究なくして制度の見直しは不可能である。
    少なくとも「裁判員であった者」の守秘義務について,削除ないし守秘義務の範囲を限定する緩和が必要不可欠である。
  4. 当連合会は,刑事司法の変貌期にあたり,被疑者国選弁護制度や裁判員裁判制度がその積極的役割を発揮できるよう,日々の弁護活動を通して,その適正な運用に最大限の努力を傾注するとともに,市民と共に,日本国憲法が定めるあるべき刑事司法の実現を目指し,裁判員裁判制度についての3年後の見直しを待つことなく,不断に制度改革を追求する決意であることを内外に宣言する。

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