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道弁連大会

議案第2号(決議)

4会共同提案

司法修習生の修習資金貸与制度の実施に反対し,給費制の存続を求める決議

2010(平成22)年11月から,長年にわたり実施されてきた司法修習生に対して修習期間中の給与を国が支給する制度(以下「給費制」という。)が廃止され,希望する者に対して修習期間中の修習資金を国が貸与する制度(以下「貸与制」という。)が実施される予定となっている。

給費制の廃止と貸与制の実施は,2004(平成16)年12月に改正された裁判所法に基づくものである。その国会審議の過程では,衆参両院で「給費制の廃止及び貸与制の導入によって,統一・公平・平等という司法修習の理念が損なわれることがないよう,また,経済的事情から法曹への道を断念する事態を招くことのないよう,法曹養成制度全体の財政支援の在り方も含め,関係機関と十分な協議を行うこと」との附帯決議が採択されている。

ところで,近時,法科大学院の志願者の減少が指摘されている。その背景には,司法試験の合格率が当初の予想より低下していることのほか,法科大学院の入学金及び授業料が多額であることや,生活費の負担が重いこと,急激な法曹人口の増加に伴い就職事情が悪化していることなどの経済的な諸問題があることが指摘されている。このような状況のもとで貸与制が実施されれば,さらなる将来への不安から,法科大学院に有為な人材が集まりにくくなることは明らかである。

また,司法修習制度には,司法修習生が将来,裁判官,検察官又は弁護士のいずれになるかを問わず,法の支配を実現するために必要不可欠な社会的インフラである我が国の司法制度を担う人材を養成するという極めて重要な役割が課せられている。したがって,こうした人材を国費で養成することは,国の当然の責務である。これまで,給費制は,司法修習生を司法修習に専念させることを可能にし,その結果,我が国の司法制度を担う人材が社会に輩出された。また,給費制は社会のあらゆる階層・分野の有為で多様な人材を法曹界に確保することに多大な寄与をしてきた。給費制が廃止されて貸与制に移行することは,一部の経済的余裕のある,限られた階層の者でなければ法曹になれないという弊害を招き,社会のあらゆる階層・分野の有為で多様な人材を法曹界に確保することを困難にする。

司法制度改革審議会意見書は,弁護士の社会的役割は,「国民の社会生活上の医師」として,「基本的人権を擁護し,社会正義を実現する」という弁護士法に定める使命に基づき,法廷の内と外を問わず,国民にとって「頼もしい権利の護り手」であるとともに「信頼しうる正義の担い手」として,高い水準の法的サービスを提供することにあると指摘している。「法の支配」を社会の隅々まで行き渡らせるためには,弁護士の使命を自覚した質の高い弁護士が数多く必要である。そのためには,数多くの有為な人材を法曹界に集める必要がある。

また,経済的に不安なく修習に専念できる環境を担保していた給費制を廃止することは,司法修習生に対し修習専念義務を尽すことを困難にさせ,高い見識と円満な常識を養い,法律に関する理論と実務を身につけ,裁判官,検察官又は弁護士にふさわしい品位と能力を備えるという修習の目的の実現をも困難にさせる危険性がある。

さらに,弁護士の公益活動という視点から貸与制を見れば,修習資金の貸与を受けた弁護士は,貸与金返済の負担を背負いながら弁護士業務を開始することになるので,弁護士活動の重点が,目先の貸与金の返済に向けられ,公益活動への参加に消極的になりかねないおそれがある。

以上のように,このまま給費制を廃して貸与制を実施することは,有為な人材に対して,法曹となる道を閉ざしてしまう危険性が高く,また,法曹養成制度を変質させ,弁護士の公益活動の在り方を変容させることになりかねない。

よって,当連合会は,法曹養成制度の一翼を担う責任のある立場から,次世代の有為な法曹を養成するために,2010(平成22)年11月1日からの貸与制の実施に強く反対し,貸与制の実施を取りやめて給費制を存続させることを国会,政府及び最高裁判所に求めるとともに,その実現に向けて日本弁護士連合会や他の弁護士会連合会・弁護士会との連携を図りながら取り組んでいく決意である。

以上,決議する。

2009年7月24日
北海道弁護士会連合会

提 案 理 由

  1. 貸与制の導入に関する裁判所法の改正に至る経緯及び施行時期 (1) 司法制度改革審議会は,2001(平成13)年6月12日付の意見書において,司法修習生に対する給費の支給(給費制)についての在り方を検討すべきであることを示唆した。
    その後,司法制度改革推進本部法曹養成検討会は,司法制度改革審議会の意見書を具体化する過程で,2004(平成16)年9月,司法修習生の給費制の廃止及び修習資金の貸与制の実施に関する意見を打ち出した。
    当時,給費制の見直しの必要性に関しては,①国家公務員の身分をもたない者に対する支給は極めて異例の取扱いであること,②司法修習は個人が法曹資格を取得するためのものであり,受益と負担の観点からは必要な経費は司法修習生が負担すべきであること,③現行の給費制は法曹人口が希少であった戦後間もなくに導入されたが,法曹人口に係る情勢は大きく変化したこと,などがその理由として挙げられていた。
    (2) その後,国会は,2004(平成16)年12月,給費制を廃止し修習資金の貸与制を実施することとして裁判所法を改正した(裁判所法67条の2)。これに対し,日本弁護士連合会は給費制対策本部を設置し,引き続き給費制堅持を求め,諸運動を展開し,ほぼ全国全ての弁護士会が,給費制の堅持を求める決議や会長声明を挙げた。その後,政府案では,2006(平成18)年11月1日からであった貸与制の実施予定日が,4年間延期され,2010(平成22)年11月1日からと修正された。
    その際,衆参両議院共通の附帯決議がなされ,その第1項で,改革の趣旨・目的が「法曹の使命の重要性や公共性にかんがみ,高度の専門的能力と職業倫理を備えた法曹を養成する」ものであることが強調され,第3項に,「給費制の廃止及び貸与制の導入によって,統一・公平・平等という司法修習の理念が損なわれることがないよう,また,経済的事情から法曹への道を断念する事態を招くことのないよう,法曹養成制度全体の財政支援の在り方も含め,関係機関と十分な協議を行うこと」が明記された。
  2. 法科大学院の入学志願者の減少とその背景 (1) 法科大学院の入学者選抜における志願者数は,2005年度から2007年度においては4万人台で推移したが,毎年減少傾向にあり,2008年度は4万人台を割った。2007年度と比較して,2008年度は5,652人減となっている。
    また,平均志願倍率は,2004年度の13倍を除き,2005年度から2008年度においては7倍前後で推移しており,3倍を割っている法科大学院が13校に達している。
    入学志願者の減少は,司法試験の合格率が当初の予想より低下していることのほかに,経済的な問題があることに起因していると推測されている。
    (2) 法科大学院を中核とする新しい法曹養成制度の下においては,大学卒業後,さらに法科大学院に2年ないし3年間在学することが必要とされ,法曹を志す者は司法修習生となるまでに法科大学院の入学金(平均約30万円)や授業料(旧国立大学の法科大学院は年間80万4000円であるが,私立大学の設置した法科大学院では100万円から120万円前後が多く,中には200万円の法科大学院もある。)を負担することに加え,その間の生活費も含めると多大の経済的負担を余儀なくされており,法律学未習者が法科大学院で学ぶためには,学費及び生活費の合計で約1000万円の負担を覚悟しなければならないともいわれている。法科大学院生については,奨学金制度があるものの,奨学金も借入金であることに変わりはなく,卒業後に返済をしなければならない。
  3. 司法修習生に対する給費制を廃止することによる弊害
    我が国のこれまでの法曹の人材確保については,法曹資格の取得には,貧富の差を問わず門戸は広く開かれていた。そして,司法修習生に対する給費制も,この広く開かれた門戸を支える重要なシステムであった。すなわち,法曹養成制度は,「金持ちしか法曹となれない制度」ではなく,「資力のない人」にも法曹となる機会を与えていたのである。
    ところが,法科大学院における経済的負担に加えて,司法修習生に対する給費制が廃止されれば,法曹になろうとする者の経済的負担は更に増大する。21世紀の我が国の司法制度を支えるにふさわしい資質・能力を備えた人材が,経済的事情を理由として法曹になる道を断念する事態も容易に想定され,一部の経済的余裕のある,ごく限られた階層の者でなければ法曹となれない弊害を招く危険性があり,このことは,前記衆参両院の附帯決議にも反する。
    有為な人材を法曹として確保するにあたって,法曹を志す人に過度の経済的負担をかけることは適当ではない。有為な人材が法曹界に参加し易い制度が存在しなければならない。法曹を志す人に経済的に過度の負担を強いることのない法曹養成制度であってこそ,我が国の司法界に継続的に多数の有為な人材を供給することができるのである。
    しかも,法科大学院時代の奨学金に加えて,司法修習時代の貸与金の負担を背負って弁護士業務を始めた場合,弁護活動の重点が目先の借金返済に移り,そのため,公益活動への参加が消極的になりかねないということも懸念される。
  4. 修習専念義務との兼ね合い
    従来から司法修習生には,兼業の原則禁止をはじめとする厳しい修習専念義務が課されてきた(裁判所法67条2項)。このことは,貸与制に移行しても,何ら変わることはない。しかも,修習期間が1年に短縮されたことにより,一層の修習専念義務が求められている。
    給費制は,司法修習生に厳しい修習専念義務を課す一方で,その生活を保障することで,修習専念義務の遂行を担保し,司法修習制度と不可分のものとなっていた。この給費制を廃止しておきながら,司法修習生の修習専念義務を課したままで,兼職等を禁止するというのでは,修習専念義務を遂行させる環境を廃して,経済的に過大な負担を強いることになり,高い見識と円満な常識を養い,法律に関する理論と実務を身につけ,裁判官,検察官又は弁護士にふさわしい品位と能力を備えるという修習の目的を実現すること自体が困難となる危険性がある。
    貸与制による修習資金の貸与は,法科大学院の奨学金の返済に加えて,さらに修習資金貸与の返済を抱えさせることになり,国が法曹を志す人に経済的負担を強いる結果をもたらすとともに,法曹養成制度そのものを変質させる可能性がある。
  5. 社会的インフラとしての法曹養成の在り方
    司法制度改革審議会意見書は,社会における弁護士の役割として,「国民の社会生活上の医師」として,「基本的人権を擁護し,社会正義を実現する」(弁護士法第1条第1項)との使命に基づき,法廷の内と外とを問わず,国民にとって「頼もしい権利の護り手」であるとともに「信頼しうる正義の担い手」として,質の高い法的サービスを提供することにあると指摘している。また,同意見書は,弁護士は,「公共性の空間」において正義の実現に責任を負うという社会的責任(公共性)をも自覚すべきであると指摘している。司法修習生は,司法修習終了後は裁判官・検察官・弁護士という法曹の一員として,いずれも,社会的インフラそのものである我が国の司法制度を担うことになる。このような社会的インフラである司法制度を担う法曹の養成は国費をもって行うべきであり,国費で司法修習生に修習期間中の生活資金を支給することは国の当然の責務である。
    また,同審議会意見書は,財政上の措置として,「裁判所,検察庁等の人的体制の充実を始め,今般の司法制度改革を実現するためには,財政面での十分な手当が不可欠であることは論を俟たない。当審議会においては,調査審議を進めながら各界・各層の意見や要望などを幅広く汲み取る過程で,国民各層から,信頼するに足りる力強い大きな司法の実現を求める声に少なからず接してきた。こうしたことからも,当審議会としては,司法関連予算の拡充については,それを求める世論が既に国民的に大きな高まりを持つに至っていることを確信しており,政府に対して,司法制度改革に関する施策を実施するために必要な財政上の措置について,特段の配慮をなされるよう求める。」と述べ,社会的インフラたる法曹の養成に財政的支援を惜しまないことを求めている。
    貸与制の導入にあたって挙げられていた「司法修習は個人が法曹資格を取得するためのものであり,受益と負担の観点からは必要な経費は司法修習生が負担すべきである。」との主張は,到底受け入れられない。弁護士は在野にあっても,基本的人権を擁護し,社会正義を実現する社会的責任を負い,「公共性の空間」(同審議会意見書)を支える司法制度の担い手の一員であり,司法制度改革実現の根幹を担うものである。司法制度という社会的インフラを担う法曹の資格取得のあり方について,「受益と負担」の視点から考えるのは,誤りである。
    なお,医師の養成制度において,2004(平成16)年から国家試験に合格した医師には2年間の研修が義務づけられているが,その研修期間中は,アルバイトなしで研修に専念できる制度が設けられ,医師の養成のために,2008(平成20)年まで教育指導経費・導入円滑化加算費として毎年約160億円から171億円の予算措置がなされている。この養成制度の下で医師資格を取得した者には,公務員たる医師だけではなく,もちろん民間医師となる者も含まれている。「医療制度」という我が国の社会インフラを支える,プロフェッションたる医師の養成と,司法制度という社会的インフラを担う法曹の養成とは同様にとらえることができ,上記医師の養成制度は,司法修習における給費制が維持されるべきであることを示唆している。
  6. 結語
    以上述べた通り,給費制の廃止と貸与制の実施は,一部の限られた経済的余裕のある階層の者でなければ,法曹となれない弊害を招き,有為な人材が法曹への道を断念することを招来することにもなり,また法曹養成制度そのものを変質させる可能性がある。
    弁護士・弁護士会は,かつてない程深く法曹養成に関与してきている。とりわけ,法科大学院・新司法試験・新司法修習という新たな法曹養成プロセスのいずれにも深く関与している。後進の法曹の養成は,プロフェッションとしての弁護士の責務でもある。その法曹養成課程の最後の段階で,司法修習生が貸与金という負債を背負うことは,それによる弊害を考慮すると,法曹養成に責任を持つ一員として,到底,賛同することができない。
    よって,当連合会は,法曹養成制度を担う責任のある一員として,次世代の有為な法曹を養成するために,2010(平成22)年11月1日からの貸与制の実施に強く反対し,貸与制の実施を取りやめて給費制を存続させることを国会・政府・最高裁判所に求め,その実現に向けて日本弁護士連合会や他の弁護士会連合会・弁護士会との連携を図りながら取り組んでいく決意のもと,本決議案を提案するものである。

以 上

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